「近頃、ゴルフをする若手社員がめっきり減ってしまった――。企業取材をしていると、そう嘆く古参の幹部社員たちにしばしば出会う。‥略‥プロゴルフトーナメントを主催している会社でさえ、社員たちはゴルフをやりたがらないらしい。「それなら、なぜあなたの会社はトーナメントのスポンサーを引き受けているのですか」実際に冠スポンサー幹部にそう問うと、たいてい首を捻るばかりで答えが出ない。「さあ、どうしてでしょうか」ごく素朴な疑問について答えを見つけるべく、取材を始めた。ありていにいえば、それが本書を出す端緒である。」
こういう企画は大好きです。掘っていけばいくほどおもしろい世界がありそうな気がするからです。ありていにいえば、それが本書を読む端緒でした。なので、一読者としての誠実さに鑑みて、評者が本書から理解した「なぜ引き受けるか」の理由の話から評を始めたいと思います。
なぜこんなエクスキューズを挟むかというと、予想内の理由すぎて、新奇性への興味の点では拍子抜けだったからです。
評者が本書から読み取ったそれはつづめていえば「コネ・ヒエ・ステ」。要はスポンサー企業ないし経営者間の、コネクションとヒエラルキーとステータスです。結局それかと思ってちょっとがっかりでした。せめてもう少し、ゴルフ漫画『風の大地』ばりの哲学的な話が展開するかと思いきや、現実がそういう要因では動いていなかった。これでは著者もどうしようもなかったと思います。ジャーナリストが現実を歪めるわけにはいきませんから。
ただしこれは、ゴルフというスポーツがそういうスポーツだという意味ではもちろんありません。ゴルフトーナメントはスポンサー(主催企業)が決まるときにはコネクションとヒエラルキーとステータスで決まる世界なんだという意味です。主催契約の期間が切れて枠が空く、あるいはゴルフ界側で新トーナメントのニーズが高まる→その時代ごとの有力業種・企業がスポンサーを名乗り出る→その業種・企業のヒエラルキーが上がる→期間が切れて枠が空く・・・基本はこの繰り返し。名乗り出る企業は常にコネクションから見つかり、ヒエラルキーが上がるのはトーナメントのステータスのおかげ。逆にいえば、目先の費用対効果でスポンサードが決まる割合の少ない、鷹揚な世界です。本書はその鷹揚な世界が誰により、どのように守られてきたかのルポルタージュになっています。
もちろん、費用対効果つまりビジネス目的で決まったトーナメントもあります。本書の帯の裏表紙面には、ダイヤモンドカップ(1969~)は三菱自動車がギャランを売るため、三井住友VISA太平洋マスターズ(1972~)は住友銀行グループがVISAカードを日本に定着させるため、ANAインスピレーション(2015~)は全日空がアメリカ向けのマーケティング戦略として、それぞれスポンサーになったことが示されています。またヨコハマタイヤPRGRレディス(2008~)にいたっては、主催企業の横浜ゴムは本戦前日のプロアマ大会で取引先企業の経営者を人気プロとペアで回らせる接待ゴルフが一番の目的と言い切ります。
それでも、決め手はやっぱり「コネ・ヒエ・ステ」。どのトーナメントも水面下ではギリギリまで関連社員がメリットとコストの兼ね合いを詰めますが、最後は「誰々会長の一言で決まった」とか、「誰さんに頼まれたらもう断るわけにいかない」とか、「誰を(どこを)助けるために引き受けた(続けた)」とか、そんな理由でトップのGOが出ます。それを当のトップが述懐する様子が少しも嫌味にならないところがまた、日本におけるゴルフというスポーツの特権性の現れであり、ゴルフが別格扱いされるゆえんなのでしょうか。
正直に告白すれば、評者は本書のレビュアーには適格でないと思います。ホールごとの状況の変化とドラマの展開がおもしろいし緑の風景も美しいからテレビは時々見ますが、プレイした経験はないですし、白洲次郎関連でゴルフのエピソードを読んだぐらいでしかゴルフへの見識は持ち合わせていません。『風の大地』は見識の基に数えるには高尚すぎるでしょう。だからあくまで「スポンサーの興亡を戦後経済の合わせ鏡として見る」という本書の趣旨に沿ってしか読めないわけで、ゴルフファンの読者ならまた違う読み方をすると思います。例えば次のような箇所などは、評者のごとき門外漢でも何か深いものを感じて、知らないなりに考察を巡らしてみたい衝動に駆られるのですが。
「(2013年、リコー所属の森田理香子プロがセントアンドリュースに来た際に受け入れを担当して)彼女だけは日本人選手でも別格だと思いました。セントアンドリュースの450ヤードあるパー4を、5番アイアンのティショットと4番アイアンのセカンドでグリーンに載せた。飛距離が出るだけでなく、そういうマネジメントができるのだと」(全英リコー女子オープンの運営に携わったリコー経営企画本部の横山基樹氏談 p251)
なお、本書で紹介される全13トーナメントのうち、富士通が主催する富士通レディース(1978~)と不動産業が発祥のスターツが主催するスターツシニア(1989~)には他と一味違うスポンサーシップを感じました。2社に共通するのは本気で費用対効果を求めていないこと。結果的にすらも、本業の業績に役立てるために主催しているのではなさそうなところです。実際は結果的に役立っているのですが。
帯の表紙にあるように今年10月はアパレル通販のZOZOが「ZOZOチャンピオンシップ」でスポンサー界に参入。しかもいきなりアメリカ男子プロのメジャートーナメントを、初めて日本に呼ぶというので注目を集めています。前澤友作社長がどんなスポンサーシップを抱いているか。本書を参考に想像を巡らせてみるのもよさそうです。