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こーれはいい本だ。こーれはいい本だ。こーれはいい本だ(3回言った)。参りました。これはいい本です。お勧めします。

評者が初めて文章でお金(給料)をもらいはじめたとき、すなわち評者の場合は経営者の話を記事にする仕事を始めたときですが、職場の先輩(上京前からの友人)から、基本の心構えを教えられました。いわく、「経営者という人種は、事業がイコール自分であり、自分の人生を事業という形で世に問うている人たちです。その事業が客観的にどれほどしょぼく見えても、普通の人は踏み込まないしわざわざ自分から踏み込まなくていい世界にあえて踏み込んで勝負している人たちです。そのことへのリスペクトを忘れないように」。
 
本書冒頭のエピグラフを読んで、当時を思い出しました。「わたしたちは多かれ少なかれ、ある意味では自分の「経営者」なのだ」(p2)――おのれの人生に主体意識を持つことにかけては評者も、経営者の話を記事にする仕事を通じてそれをやり直していった一人です。本書の著者である土門蘭氏が次のように書くとき、それはかなりな程度評者の言葉でもあったことを告白しておきます。
 
「「経営者」が渦の中心になって、世界に波を立たせていくようだと思う。その渦や波の大きさにかかわらず、まず渦の中心であろうとすることに、わたしは驚きを感じずにはいられない。/どうして彼らは、そんなことができるんだろう。いや、どうして彼らは、自分にそんなことができると思えるんだろう。/そして私には、どうして自分にはそんなことができると思えないんだろう。」(インターミッション② p282)
 
本書のテーマである「経営者の孤独」のうち、メインのテーマは「孤独」です。「経営者の」となっているのは、経営者(ここではビジネスの経営の意味)を通じてのほうが、「孤独」をあぶり出しやすいから。その意味で本書は、起業を検討中のビジネスマンとか経営者志望の大学生とかよりも、中学生ぐらいの子どもに読ませてあげたい気がします。「誰だって一度ぐらい自殺を考えたことがあるんじゃない?」という言葉がまったく異世界からのフレーズに聞こえる人と、「うん、そうだと思う」と自然に入ってくる人と。俗にいくつかある「究極の二分類」の、これもその一つだと思うのですが、10代半ば現在で後者の感覚を少しでも持っている人はぜひ読んでほしい。きっと救われます。(自分以外の誰かの言葉であるという一点において「そんなものに救われてたまるか」と感じることができる子は、もっと先まで耐えて溜めてから読む仕合せに恵まれている子です)
 
本書に登場する10人の経営者の多くは、孤独を社員との間に感じています。テーマがテーマだけにその中身は一言では言い表せませんが、現れ方としてはそうです。いくつか例を引きます。
 
「(300万~400万円するコピー機のリース契約のハンコを押して)それまではコピー機ってただの備品だった。でもあれって、誰かのリスクなんですよね。そういうことは、自分がリスクをとるまではわからないんです。/僕は、そのハンコを押したことのある人と話がしたい。それが本当の意味での友達というか。」(鷗来堂・柳下恭平氏 p24)
 
「(退職の可能性は全員にあると思っているから言われたら引き止めないと話した後で)それに、「行かないでよ!」って言った瞬間に、元の関係が壊れてしまうわけですよ。それくらいならもう、潔く行ってもらったほうがいい。」(クラシコム・青木耕平氏 p54、55)
 
「その頃は「売り上げを上げてやろう!」って思ってましたよ。でも、しばらく経ってから無駄だと思いましたね。‥中略‥みんな自分たちの生活・スタンスがあるので、変えようとしても意味がないということがわかったんです。」(互助交通・中澤睦雄氏 p89)
 
「会社が育って、人が増えて、知名度も上がってきた中で、また借用書を前にしてさ。‥中略‥エンタメってズルズルと下がるんじゃなくて一気に下がるから、それが嫌なら仕掛け続けるしかなくて。今この状態で、俺はまだ仕掛け続けなくちゃいけないんだなって。しかもそれを、俺が心の底から望んでいるわけでもないんだよね。‥中略‥だけど、まだその感覚でやらないといけないんだっていうことへの不安感。そしてその不安感を誰とも共有できないんだなっていう、孤独はあったね。」(SCRAP・加藤隆生氏 p328、329)
 
遡って箇所を探していると男性経営者からの引用ばかりになり、理由を考えてみて、女性経営者へのインタビューではどちらかといえば「信頼と信用」をめぐる話が多くなっていることに気付きました。また、孤独について聞きつつも後半になるにつれもっと大きな話に広がっていく――大きな話に開きながら聞けるようになっていく――印象があり、著者自身インタビューを続けるうちに成長していった様子がうかがえます。孤独より大きな話って何だよ、と思われそうですが、ラスト10人目のCAMPFIRE・家入一真氏のインタビューは、孤独“以前”に迫る点でそれではないか。引用します。
 
家入 僕は多分、自分に空いている穴のことを認識できているんだろうなって思います。そしてその穴を大事にしている。
 ‥略‥
土門 孤独って、ありのままの心の形、なんでしょうか。それをそうなんだって受け入れることなのかな。
家入 そうかも。だから、孤独って決してネガティブじゃないって思うんですよね。」
(CAMPFIRE・家入一真氏 p392)
 
言葉にするとこれだけになっちゃうよなあ、と思うやり取りではあります。部分だけ抜き出すと抽象的すぎてフワフワして、「なんだセカイ系か」と敬遠する読者もいそうです。でも、ここまで9人ぶんのインタビュー、各回終了後の随想、インターミッション①②を読み進めてきた後では、この著者にとってこの一節はやっぱり大きな結節点だっただろうな、と素直に受け取れます。
 
複数の他者へのインタビュー集でありながら、本質は1人の著者の心の旅路。そんな本です。またそうだからこそ多くの“あなた”に響くのだと思います。土門氏の本職は小説家だそうで、小説みたいに感情移入して読める良さもある一冊。お勧めです。
 
(ライター 筒井秀礼)
『経営者の孤独。』
著者 土門蘭
株式会社ポプラ社
2019/7/10 第1刷発行
ISBN 9784591163382
価格 本体1700円
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(2019.8.21)
 
 
 

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