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カビキラーと「もうこすらないでね・・・」

 
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beauty-box / PIXTA
今の若い世代には想像できないでしょうが――こんな言い方は老害一歩手前ですね――、初めて「カビキラー」が出たときは衝撃でした。発売は1982年。なにせ“こすらずに”お風呂の黒カビやピンクカビ、ぬめりが取れるのが不思議で楽しくて、薬液が服にかかって色抜けするたびに「やっちゃった!」と思いながらも、風呂掃除の手伝いがやめられませんでした。
 
テレビCMも秀逸で、筆者が覚えているのは1993年のバージョンですが*1、「あ、こすってらっしゃる。黒ズミ、ヌルミはカビなのに・・・。教えたい・・・カビキラー。出しゃばり? でも! ピンポーン♪ こんにちはっ」から事務口調のナレーションを挟んで「もうこすらないでね・・・」に落とすテンポと“間”に、クリエイターがつくるってこういうことなんだなぁ、と感心したのを覚えています。
 
本稿執筆のためCMを見直してみると、当時はぬめりのことを「ぬるみ」と言っていたんですね。「ヌルッとする」という形容表現が「ヌメッとする」に取って変わった時期と背景を語感の違いから出発して社会文化論的に探るとおもしろそうですが、今は措いて。
 
このぬめりが、近年は「バイオフィルム」という呼ばれ方で、保健衛生用品・用材市場のニューフロンティアになっているようです。
 
 

単なるビジネスチャンスを超えたトピック

 
富士経済研究所の調査によれば、「水回りなどの『ぬめり』解消のほか、電化製品や住設機器などの衛生改善、感染症対策、部材の長寿命化、省エネ貢献などを実現する抗菌・抗バイオフィルム剤」の市場が伸びています。高単価品ではないので額そのものは16億円と小粒ですが、注目すべきはその伸び率。2030年には2023年比8.4倍に達します*2
 
背景には、コロナ禍を機に物の表面の衛生状態への関心が高まったことがあげられます。
 
一例が次亜塩素酸水です。私たちは長らく、「水道やプールの水を消毒したりキッチンハイターの主成分に使ったりするもの」という認識で一括りに「塩素」と呼んで、以前から次亜塩素酸に親しんできました。ただ、あれらはアルカリ性の次亜塩素酸ナトリウムとその溶液です。対する次亜塩素酸水は酸性で、両者は中身も性質も別物です。
 
にもかかわらず、「コロナ対策には次亜塩素酸水がいい」という情報が拡散するにつれ、見たことも聞いたこともない異業種の販売元から次亜塩素酸水を使った除菌用品が多数出回り、今や、医療現場以外の一般の生活場面でも次亜塩素酸水消毒は普通になっています。むしろ、手が荒れないという理由でアルコール消毒より人気になった感すらあります。
 
抗バイオフィルムを謳った製品や抗バイオフィルム剤も、今はまだ「バイオフィルムって何? ばい菌と何が違う?」から話を始めないといけなくても、抗バイオフィルム性とは何かが知られるようになれば*3――なんなら知識は後追いでも――、「抗菌もいいけど抗バイオフィルムもね」とか、「ハイター、だけじゃなぁ~い (* ̄∀ ̄)"b"」みたいなコピーにのせて、さまざまな製品や資材で抗バイオフィルムニーズが盛り上がるのではないでしょうか。
 
それでなくても現在、抗生剤が効かなくなる薬剤耐性(AMR)菌の問題が、世界の公衆衛生の未来にとり最大の懸念になっています。昨年9月には英国の医学誌『ランセット』が、2025年から2050年までにAMR菌による死者が70%近く増え、累計3900万人を超える可能性があるという研究結果を発表しました*4。病原菌を助けない(=増殖環境を形成させない)点で、抗バイオフィルムは今後、単なるビジネスチャンスを超えたトピックになると思います。
 
 

口腔衛生とバイオフィルム

 
私見では、「バイオフィルム」という言葉が最初に市民権を得たのはオーラルケアの分野でした。特に、介護領域において要介護高齢者の口腔衛生管理が重視され始めたのがきっかけだったと思います。
 
口の中が不潔だと感染症のリスクが高まり、誤嚥性肺炎も生じやすくなります。また、歯周病菌が血管や消化器官を通じて体内に広がると糖尿病や認知症などのさまざまな疾患を引き起こすことも、近年の研究からわかってきました。
 
さらには、高齢化が進んで義歯(入れ歯)を使う人の総数が増えたうえに、夜間の食いしばり防止のため就寝時はマウスピースを装着することが普通になったり、コロナ禍中のマスク生活で歯列矯正を始める人が増えたりで、口腔装着物全般が昔より一般的になっています。花王の企業ブランディングサイト「花王の顔」の記事では、老若問わずあらゆる世代に口腔装着物が普及している様子が見て取れます*5
 
そこで問題になるのがバイオフィルム。装着物に付着するぬめりです。同記事(後編もあり)では、装着物洗浄剤を開発する際に、バイオフィルムを“壊す”発想から“剥がす”発想に転換して目覚ましい成功をあげた経緯が描かれており、いかにバイオフィルムが手ごわい敵か、いかに口腔衛生が現代においてパーソナルかつセンシティブな重要トピックであるかが、よくわかります。
 
 

世界線は書き変わるか

 
筆者の中では、“壊す”から“剥がす”への発想の転換が、「あ、こすってらっしゃる」から「もうこすらないでね・・・」に至る15秒とそこに描かれる世界観の転換に、鮮やかに重なります。発想が変わると世界の見方が変わります。世界観が変われば世界線が書き変わる可能性が生まれます。2050年までに3900万人超がAMR菌の犠牲になるシナリオは変えられるでしょうか。
 
日本では、抗菌剤・抗菌加工製品のメーカーと試験機関が集まったSIAA(抗菌製品技術協議会)が、抗菌・抗バイオフィルム剤および製品の認証制度を運営し、優良な抗菌・防カビ加工製品と抗ウイルス加工製品の適正普及に向けた活動を続けています。私たちも、意識して抗菌・防カビ・抗ウイルス系の製品を見れば、「SIAA抗菌加工」「SIAA防カビ加工」「SIAA抗菌・防カビ加工」といった表記のロゴマークがどこかに見つかるはず。コロナ禍以降は「SIAA ISO21702抗ウイルス加工」マーク付きの製品も増えたと思います。
 
そして2024年7月には新たに、「抗バイオフィルム加工製品(付着抑制)」という認証区分が追加されました。これに伴い、「SIAA抗バイオフィルム加工(付着抑制)」マークも登場。抗バイオフィルム加工製品の普及に弾みが付くことが予想されます。
 
世界線は書き変わるか――。抗バイオフィルムに期待です。
 
 
*1 YouTube「1994年頃のCM もうこすらないでね カビキラー ジョンソン」(zaruemon channel 02)
*2 抗菌製品技術協議会(SIAA)マーク認証制度の運用開始で注目される抗菌・抗バイオフィルム剤(ぬめり対策)の国内市場を調査(プレスリリース2025/1/21)
*3 バイオフィルムとは細菌が産生、または分泌する細胞外重合成分によって覆われた細菌の膜状集合体で、身近な例では歯垢や風呂場のヌメリなどがある。バイオフィルムは ①細菌を物質表面に強固に付着させる ②抗菌剤や免疫細胞から細菌自身を守る ③細菌の増殖に必要な栄養素は取り込めるなどの特徴を有し、菌の増殖を助けるものである。このバイオフィルム形成を阻害できれば、細菌の増殖を抑制することが可能になる。また、殺菌ではない点から、薬剤耐性菌の出現防止も期待される。2023年7月にはISO 4768として抗バイオフィルム試験方法が規定され、さらに注目度が上がってきている。(荒川化学工業株式会社テクノロジーレポート『アビエチン酸系抗菌・抗バイオフィルム剤の開発』4,抗バイオフィルム性について より)
*4 治療薬が効かないスーパー耐性菌、2050年までの死者4000万人に迫る恐れ(「CNN」2024.09.17)
*5 スカッと痛快! 打倒「バイオフィルム」に燃えた研究員の挑戦 「口腔装着物の洗浄」の常識を変える(前編)2022/12/14
 
 
(ライター 横須賀次郎)
(2025.3.5)
 
 

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