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文章指南系のビジネス書が増えています。たぶん。いやそんな、憶測で世の中の動き的なこと語らんといてや、と思われるかもしれませんが、この手の話は憶測でいいんです。むしろ憶測で断言するからギャップでおもしろいわけで、文章はおもしろくないと読んでもらえません。思い切った発言で相手に“えっ!?”と思わせた後に「知らんけど」と付けて笑いをとる芸風がちょっと前に流行ったじゃないですか。あれですよ、あれ。知らんけど。
 
――と、本書に書かれていた「読んでて楽しい文章の法則」を意識した書き方で始めてみました。本書は『京大院生の書店スタッフが「正直、これ読んだら人生狂っちゃうよね」と思う本ベスト20を選んでみた。≪リーディング・ハイ≫』が2016年にハイパーバズを起こし、同年の年間総合はてなブックマーク数ランキングで第2位となった書評ライターの三宅香帆氏の2作目の著書。
 
評者としては、書評ライターの書いた本を、それも書評ではなく文章の書き方をまとめた本を、書評ライターの自分が読んだらどう感じるんだろう、と思って読みました。連絡手段が電話から圧倒的にメールやチャットに移行して、ビジネスも文章で人の心を動かす必要性が高まっている今、文章指南系のビジネス書が増えるのは当然です(だから冒頭の「憶測」は、本当は「推測」です)。でもそれらは他のビジネスマンも参考にするから、自分の文章を差別化するうえでは不十分。いっそ文芸オタクに学んだらどうだ、という狙いもありました。
 
結果、その狙いでの評価は半々といったところでしょうか。それより著者の文芸オタク(=文章オタク)ぶりが鮮烈でキョーレツではげしすぎて(おっとまだ引っ張られている)、むしろそっちのほうが印象に残りました。
 
本書は内容の一つひとつが5つのユニットでできています。たとえばchapter2「バズる文体」の3例目では、「林真理子の強調力」として“カギカッコの中でお芝居をする”手法が解説されています。これを著者は「会話割り込みモデル」と命名します。
 
と、ここまでがひとつのユニット。ちなみに目次にはこのユニットが表札のように49個並んでいます。力とモデル名が飛躍している例も多いので、それぞれ内容を読んだ後に「えっ、なんでこの命名?」と著者のセンスに思いをめぐらす楽しみもあります。
 
このユニットの横に、「そうすると文章にどんな効果が出るか」を示した一言がありますが、これは実例(林真理子の文章)を引用するユニットと著者の解説のユニットが終わった後の、「なぜそうなるのか」を示す一言とセットになっています。「林真理子の強調力」の場合、「どんな効果が出るか」のほうは「耳慣れないのに、なぜか実際の会話よりもリアル!」。「なぜそうなるのか」のほうは、「耳で聞く言葉と、目で読む言葉は別物。」です。
 
そして最後の5つめが、自分が今解説したばかりの内容をもういっぺん自分で整理してみる「まとめてみた」のユニット。林真理子の文章の例では「1、感情をこめたいところを、説明的な台詞に換える。」「2、書きたいことを、都合のいい台詞に換える。」「3、印象に残したいところを、印象的な台詞に換える。」となっています。この5つめのユニットなんか、「そっか~、感情をこめたいところを説明的な台詞に換えるのかぁ~」とか、「そうそう、書きたいことを台詞に換えちゃうんだよねぇ~」とか、「印象に残したいところは台詞にしたほうがいいときって、あるよね~」とかにやけてぶつぶつ言いながら楽しそうにパソコンのキーを打っている姿が、ありありと目に浮かびます。オタクです。完全に。
 
ただ、正直に言ってこれを延々49やられるのはしんどかった。読んでいて「この本は“おしゃべり”の文体だな、誰かに似てるな・・・そうだあの人だ!」と思い出したのが澁澤龍彦でした。『思考の紋章学』『夢の宇宙誌』といった評論や、小説「うつろ舟」「高丘親王航海記」で有名な、三島由紀夫の無二の親友でもあった、あの澁澤龍彦です。
 
澁澤龍彦は“おしゃべり”で書き続けた人でした。誰かを感化しようとか、何かの主義思潮を啓蒙しようとかいう狙いは一切なしで、延々最後まで書き抜いた人でした。そういった“自分の外に置いた目的”なしで文章を書き続けることは、実はものすごく難しい。というか、ものすごくしんどい。言論や文筆を事とする人たちのうち少なくない人数が、途中からどこか特定の主義思潮にとりこまれ、その派のお抱え論客におさまるか活動家のヒロインになっていくかするのは、そのほうが食い扶持に困らないからというよりも、そうしないとしんどいからだと思います(実存の疲れ)。
 
本書の著者はたぶん、この疲れとは無縁です。延々おしゃべりで書き続けられる人だと思います。でも、スタンスという意味の文体がおしゃべりなのと、文章の文体がおしゃべりなのとは違います。そして、ページが連続して1冊のパッケージになる本というメディアで延々おしゃべりの文体が続くのは、読んでいてちょっとツライものがあります。正直49やられるとしんどかったというのはそういう意味です。
 
この点は著者の責任というより出版社の判断が大きいでしょうから、自作に期待するとして、やっぱりビジネスマンのための文章指南も(そうとは謳わずこっそりと)書いてほしいと思いました。「佐々木俊尚の身近力」(質問一般化モデル)、「高田明の視点力」(同意先行モデル)、「こんまりの豪語力」(フォロー先行モデル)、「齋藤孝の更新力」(主張進化モデル)など、そのままビジネスに活きる文章の法則も解説できているからです。
 
いずれにしてもこういう資質の書き手の存在は貴重です。ぜひ澁澤龍彦を目指してほしいと思います。
 
(ライター 筒井秀礼)
『文芸オタクの私が教える バズる文章教室』
著者 三宅香帆
サンクチュアリ出版
2019/6/15 初版発行
ISBN 9784801400672
価格 本体1400円
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(2019.7.10)
 
 
 

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