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公益財団法人日本バスケットボール協会副会長、公益社団法人ジャパン・プロフェッショナル・バスケットボールリーグBリーグチェアマンの大河正明です。
 
先月から始まったこの連載では、Bリーグ設立に至るまでの道のりについてお話しさせていただいています。今回は、2014年に日本バスケットボール協会に下った、国際試合の出場を無期限で禁じる、という処分についてご説明します。
 
 

国際試合出場停止処分に至るまで

 
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前回も少しご説明しましたが、2005年から10年にわたり、国内には男子トップリーグが2つ存在していました。国際バスケットボール連盟、通称FIBAは「男子トップリーグの並列状態は、日本バスケットボールの発展を妨げる」として長年統合をうながしていたものの、分裂状態は解消しませんでした。そのため日本は男子だけでなく女子も含め、全ての国際試合の出場を無期限で禁じられたのです。
 
この厳しい制裁は、10年もの間、分裂していたリーグを統合できなかった日本バスケットボール協会のガバナンスをFIBAが問題視していたからです。もちろん、何度か話し合いの場はつくられていました。当時国内に並列していたリーグは、bjリーグと呼ばれる「日本プロバスケットボールリーグ」と「ナショナル・バスケットボール・リーグ」、略称NBL。bjリーグは、地域に根ざした活動でバスケットボールを盛んにしてきたという自負がありましたので、「チーム名に企業の名前を入れるのには抵抗がある」と主張していました。一方でNBLも、「bjリーグの財務内容が気になる」「リーグを統合してプロリーグの運営法人をつくるのは難しい」と難色を示していたため、話し合いは一向に進まなかったのです。
 
しかしこれらは、お互いの悪いところだけを指摘しているだけ。本来ならば、日本バスケットボール協会が両リーグの意見をまとめて、解決策を提示しなければいけませんでした。それができなかったため、国際試合出場停止という制裁に至ったのです。
 
 

理事の辞職により新体制へ移行

 
この制裁により、2015年に行われたユニバーシアード競技大会や、リオデジャネイロ五輪のアジア予選に向けた国際親善試合、長期的に見れば、東京オリンピックへの出場も危ぶまれました。日本バスケットボール協会の一番良くなかったところは、「出場したい」という選手の気持ちや、「試合を見たい」というファンの方々の気持ちには目もくれず、バスケットボール界の中で内紛を続けている状態だったことです。
 
結局、この制裁に対して当時の理事全員が責任を取って辞任するに至りました。会社で言うと、取締役が全員辞任した、ということです。次回は川淵さんを会長とした新体制のもと、どのような組織づくりを行ったのかお話したいと思います。
 
大河正明の「バスケットボール界に学ぶ組織の建て直し方」
vol.2 ガバナンスの重要性

 著者プロフィール  

大河正明 Okawa Masaaki

 経 歴  

1958年生まれ。58歳。京都大学法学部卒。三菱銀行(現三菱東京UFJ銀行)に入行。1995年、日本プロサッカーリーグに出向し、総務部長に。同行に戻った後はリテール営業部部長(特命)、町田支店長などを経て2010年に退行した。同年、日本プロサッカーリーグに入社し管理統括本部長、常務理事などを歴任。2015年にジャパン・プロフェッショナル・バスケットボールリーグチェアマン(理事長)、2016年には日本バスケットボール協会副会長に就任した。バスケットボール協議暦は1973年に全日本中学バスケットボール大会ベスト4、1975年に近畿高等学校バスケットボール選手権大会準優勝。

 Bリーグ公式サイト 

https://www.bleague.jp

 
 
(2017.3.31)
 
 
 
 

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