避難生活下の環境は過酷
このレベルの大地震が発生する国は、世界でも稀で、日本が大地震の連続発生する国であることを、改めて認識する。
年末年始という最も自治体職員の人数が手薄な時期。その一方、親族の帰省などで人が増え、また観光地での宿泊者も増加中という、アンバランスな中で、水などの物資や介護が必要な人へのサポートなどの需要が過多になっていた。しかもいわゆるインフラである水道、電気、ガスが寸断され、また多数の孤立集落が発生することに象徴される、道路の破断が多く発生し、避難生活下の環境は過酷で劣悪な状況になっている。
指定避難所のみならず多数の在宅避難者や、自主的に避難所を設ける者、また車中泊している被災者も多い。厳寒期であり、降雪地域でもあるので、燃料不足の中、気候的にも過酷な環境だ。体調不良につながりかねない、あらゆる条件がそろっているので、災害を生き延びても、その後の生活変化による健康被害、すなわち災害関連による疾病の悪化、ひいては死に至る構図が、これまでの事例以上に色濃く見えてくる。
著者はこれまで災害被災者の健康、特に高齢者の中長期の健康について、調査、分析をしてきた。具体的には、東日本大震災時の多賀城市、大槌町で、さらに、熊本地震の西原村等で、質的・量的調査を実施した。結果として、広義での避難生活下の環境が、被災者の健康に与える影響は大きいことが明らかになっている。
著者執筆時の段階で、石川県は1.5次、2次避難所への移動を促している。また孤立集落を中心に、集落全体の移動をも促している。確かに一時的な受け入れ先となる1.5次避難所や、主に高齢者、障がい者、乳幼児などの要配慮者を受け入れるための2次避難所のほうが、提供される物資やサービスは確保できる。
その一方で、地元を離れない、あるいは在宅避難や車中泊を選択する被災者にかかる背景も深刻だ。慣れ親しんだ地元への愛着は大きいし、新しい環境の変化への対応は、その後の災害関連の健康へ影響に結び付く課題でもある。
また、在宅や車中泊を選択する被災者の背景として、家族に介護が必要な者がいる、ペットを飼っている、精神疾患の者がいる、乳幼児がいるなど避難所では生活を送りにくい背景が存在する。さらに、最近の大規模災害で顕著な、被災地の治安悪化も避難所へ被災者が行く妨げになっている。いわゆる“火事場泥棒”など被災地で窃盗など二次被害が多く、自らの資産を守るために、自宅や車中で警戒するという背景もある。
被災前の環境に近づけて、災害関連死を防ぐ
また、車中泊を継続している被災者はエコノミークラス症候群へ注意するために、適度な運動を心がける必要がある。なお、著者の研究では、体育館のような広い避難所では、初期の段階で発生する症状に
①風邪のような感染症
②腰痛や肩こり
③不眠症
④下痢などの消化器不全
①のうち風邪は一人でも症状が出ると、全体に蔓延する。今だと新型コロナウイルスや衛生状態のさからノロウィルス罹患の可能性が高い。手洗いやうがいなど徹底したい。また、推奨するのは必ず歯磨きなど、口腔ケアをしっかりとしてほしいということである。マウスウォッシュや洗口液でも良いからこまめに行ってほしい。
②は高齢者に多い。
③の不眠症は全体的に発生して、ストレスの増加や体調不全、避難所内でトラブルの原因にもなっている。
④は現状の被災地に多くある症状で、背景として燃料不足による煮炊きの不十分さや、慣れない環境やトイレを我慢することなどから生じやすい。
特に周囲が注意してほしいのは、高齢者や過去に疾患のある被災者など要配慮者である。障がいのある被災者も含め、この階層に属する者は体調不良や変化を外部へ指摘しにくい状態にある。そのため、家族や福祉施設関係者、避難所運営者、保健師等周りにいる人の声かけや把握する能力が重要になっている。
女性への配慮も重要である。避難所レイアウトのつくり方にはいくつかのパターンが存在する。その中で、女性の着替え場所あるいは授乳する場所を隔離して、他の避難者の目線から外れた場所に設置する。
さらに、避難所全体の治安維持のために警察官(特に女性の)が巡回してもらうなどの事例もある(2013年越谷市の竜巻被害調査から)。自衛隊等による浴場設置でも、入り口には女性の自衛官を配置するなどの配慮が必要だろう。
体育館などの避難所(これを1次避難所として)、今後被災者は、1.5次、2次避難所、さらには仮設住宅や復興公営住宅に移転するなど生活環境が変化する。著者の研究では、その移動箇所とその期間での行政や民間等からの支援が変化し、また家族との関係変化が災害関連疾病や死に大きく影響を与えることが予想される。
特に“衣食住”が仮の状態であっても、より被災前の環境に近くできれば、災害関連死を防ぐのに効果がある。
新しいコミュニティの中で、いわゆる“孤独死”を防ぐことも重要だ。特に50代の男性が危険で、この年代は新しいコミュニティに順応がしにくい特徴があり、飲酒量や喫煙量が増えてきたら、要注意である。また、仮設住宅等での集会やイベントに顔を出してこない被災者にも注意が必要である。
第1回 避難生活での注意点
(2024.2.7)
プロフィール
古本 尚樹 Furumoto Naoki
防災専門家
元熊本大学大学院自然科学研究科附属減災型社会システム実践研究教育センター特任准教授
学 歴
・北海道大学教育学部教育学科教育計画専攻卒業
・北海道大学大学院教育学研究科教育福祉専攻修士課程修了
・北海道大学大学院医学研究科社会医学専攻地域家庭医療学講座プライマリ・ケア医学分野(医療システム学)博士課程修了(博士【医学】)
・東京大学大学院医学系研究科外科学専攻救急医学分野医学博士課程中退
職 歴
・浜松医科大学医学部医学科地域医療学講座特任助教(2008~2010)
・東京大学医学部附属病院救急部特任研究員(2012~2013)
・公益財団法人ひょうご震災記念21世紀研究機構阪神・淡路大震災記念 人と防災未来センター研究部 主任研究員(2013~2016)
・熊本大学大学院自然科学研究科附属減災型社会システム 実践研究教育センター特任准教授(2016~2017)
・公益財団法人 地震予知総合研究振興会東濃地震科学研究所主任研究員(2018~2020)
・(現職)株式会社日本防災研究センター(2023~)
専門分野:防災、BCP(業務継続計画)、被災者、避難行動、災害医療、新型コロナ等感染症対策、地域医療
※キーワード:防災や災害対応、被災者の健康、災害医療、地域医療
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