南海トラフの経済的被害は国家予算の2倍
さらに地震発生から1週間で、避難所や親戚の家などに避難する人の数は、最大で950万人。およそ9600万食の食料が不足するとされる。被害を受けた施設の復旧費用や、企業や従業員への影響も加えると、経済的な被害は国家予算の2倍以上にあたる総額220兆3000億円に上るそうだ。
ちなみに、巨大地震が発生した際、発生後に多くの人が早期避難できれば、津波による犠牲者は最大およそ80%減り、一方で、建物の耐震化率を引き上げることができれば、倒壊はおよそ40%減らせるという推計もある。
首都直下型地震発生下による火災被害
この災害により想定される総死者数は約2万3000人。そのうち、7割にあたる1万6000人が火災による死者だ。火栓が使えなくなったり、ポンプ車が交通渋滞で駆けつけられなかったりして、各地で大規模な延焼につながることが予想されている。
首都圏では老朽化した建物や、狭く行き止まりの道路も多く、防災上の課題が山積している。特に深刻な火災の被害が想定されているのは、練馬区、杉並区、中野区、世田谷区、大田区、江戸川区、葛飾区、足立区で、こうした地域では四方を炎で取り囲まれ、避難が遅れる危険性が高い。
そうした事態を防ぐためにも、都心などで頑丈な建物内にいた場合、「無理な帰宅はせずとどまる」ことを国は推奨している。地震直後の出火の主な原因は、ガスコンロや電気器具など、家庭で日常的に扱うものだ。この火が燃え移った場合は、炎が大きくなる前に消火するのが重要。そのため、地域の自主防災組織などによる初期消火も欠かせない。訓練を行うだけでなく、消火器や可搬ポンプなど装備
仮に初期消火に時間をかけ過ぎると、逃げ遅れて火災に巻き込まれる危険性もある。炎が背の高さを超えるまでは、「個人による初期消火が可能」とする指摘もあるが、炎が大きくなりすぎる場合は避難を優先すべきだ。大規模な地震時には、避難時に電気のブレーカーを落とすことも“通電火災”を防ぐ意味でも重要である。
経営者が備えておくべきこと
次にインフラについて。まず電力が途絶することの影響が大きいので、発電機などの確保と、使い方を全体が共有すること。スマートフォンなどの予備バッテリーも用意しておくと効果的だ。季節によっては電力がないことによる影響は大きく、夏ならばエアコンが使えないし、冬ならば暖房が起動しない。扇風機や毛布など季節に応じて、電力が使えないことを想定した備品を用意することも不可欠である。
ちなみに2018年の北海道胆振東部地震では、大規模なブラックアウトが発生し、この停電の復旧には約2日かかった。これを加味すると、最低でも3日間停電をしのげる準備はしておきたい。可能なら1週間耐えられる余力があると、より望ましい。関連して、情報を得るための通信機器の確保も重要だ。
これまでの災害では特に、ラジオが大きな役割を果たしている。自治体の多くが衛星携帯電話を有しているし、企業でも保有していることが多くなってきた。ただこれは意外にも災害時に有効に使えていないことが多い。正しい操作方法を理解していない場合もあるし、仮にそれを理解していても、都心部の高層ビルの間や屋内にいる場合、分厚い雨雲が空にあるような悪天候の影響などにより、安定した通話ができないことがあるからだ。さらに、普通の電話と同じく、回線が込み合うとすぐにはつながらない。だから、万能ではないことを理解しておきながら、操作方法などは普段から訓練で熟知しておくべきだ。
水の確保も重要だ。備品として利用できる飲料水は最近では5年間もつようになっている。しかし、実際の災害時では飲料水以外も必要で、特にトイレの水量確保が難しい。したがって、建物の貯水タンクから十分な水量が得られるかどうかなどの確認は常にしておくべきだし、その水が利用できる状態なのかも管理者含め留意しておいてほしい。
首都圏では災害時に大量の帰宅困難者が出る中で、大規模な火災が発生すると予想されるので、不用意に外に出るのが危険な場合が多く想定される。これに対応するにはBCPへの組み込みと訓練が必要だ。また社内に従業員が残る場合に備え、備品確保とその保存場所やレイアウトも考えておく。
女性や子ども、障がい者ら、いわゆる弱者へ配慮した対応策を考えておくことも欠かせない。外国人労働者がいる場合は、食事や宗教的な配慮もしつつ、コミュニケーションを図るための通訳もいる。各企業では、多様な働き方を採用しているうえ、グローバル化によって人材も各国から登用されている。そのため経営者は災害時、自社の強みが弱みになる可能性があることを事前に把握して、その予防線を張る必要がある。
第4回 首都直下地震や南海トラフ巨大地震への備えは大丈夫か
(2023.12.13)
プロフィール
古本 尚樹 Furumoto Naoki
株式会社日本防災研究センター
危機管理アドバイザー、医学博士、阪神・淡路大震災記念人と防災未来センターリサーチフェロー
学 歴
・北海道大学教育学部教育学科教育計画専攻卒業
・北海道大学大学院教育学研究科教育福祉専攻修士課程修了
・北海道大学大学院医学研究科社会医学専攻地域家庭医療学講座プライマリ・ケア医学分野(医療システム学)博士課程修了(博士【医学】)
・東京大学大学院医学系研究科外科学専攻救急医学分野医学博士課程中退
職 歴
・浜松医科大学医学部医学科地域医療学講座特任助教(2008~2010)
・東京大学医学部附属病院救急部特任研究員(2012~2013)
・公益財団法人ひょうご震災記念21世紀研究機構阪神・淡路大震災記念 人と防災未来センター研究部 主任研究員(2013~2016)
・熊本大学大学院自然科学研究科附属減災型社会システム 実践研究教育センター特任准教授(2016~2017)
・公益財団法人 地震予知総合研究振興会東濃地震科学研究所主任研究員(2018~2020)
・(現職)株式会社日本防災研究センター(2023~)
専門分野:防災、BCP(業務継続計画)、被災者、避難行動、災害医療、新型コロナ等感染症対策、地域医療
※キーワード:防災や災害対応、被災者の健康、災害医療、地域医療
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