大手銀行で27年勤め上げ、銭湯経営に転身
大学卒業後にいろいろな知識を吸収したいという思いで、大手銀行で27年間勤めました。支店営業では企業融資・富裕層取引、本部では企画・医療コンサル等の業務に従事し、幅広い分野の経営者のサポートもしてきました。
――27年! そこから天徳泉を継ごうと思われたんですね。
そうですね。とは言っても、銭湯は衰退産業だと思っていたので、もともと継ぐ予定はなかったんです。でも50歳を目前にした時、新しいチャレンジをしたいという気持ちと前職のスキルを試したいとの思いで、80歳の父から2020年4月に弊社を継ぎまして。世間はサウナブームとはいえ、当店のサウナ利用者は一日に3名ほどでした。当時の浴室清掃についても、従業員に任せきりでメンテナンスがおろそかだったこともあり、きれいとは言えませんでした。なので、そこから1年は浴室掃除を徹底して行いました。徹夜続きで、何度も腰を痛めながらの作業でしたが(笑)、「きれいになった!」と喜ぶお客様や従業員の言葉に励まされながら、清掃に励みましたね。また、ここは父親が独自に設計・施工した店舗設備だったので、修理やメンテナンス方法を直接伝授してもらいました。今もなにか不具合が生じた時にすぐ修理ができるように、バックヤードにはすべての工具がそろっています。というのも、当店では父より受け継いだ店舗設備をうまく活かして運営することを重視しているからなんですよ。その後、2022年5月に、阿佐ヶ谷姉妹さんの冠番組、テレビ朝日『阿佐ヶ谷ワイド!!』に出演させていただいたことでも大きな反響をいただけ、その後のモチベーションにつながりましたね。
――受け継いですぐにテレビ出演とは、まさにアピールするチャンスですよね!
ええ。この波に乗ろうと、その後も杉並区の銭湯組合で行うイベントやSNSでつながった京都府の銭湯さんとコラボするなど、積極的にさまざまな試みをし、トライアンドエラーを繰り返していました。ある時、銭湯情報を放送する『風呂端会議』というPodcastのラジオ収録場として利用してほしいと考えていたところ、浴室でのBGMを流すためスピーカーを導入することになりまして。営業中もJ-POP音楽などを流していると、若い女性から「リラックスできる曲にしてほしい」という意見があったんです。そこで最初はお客様の意見も参考に様々な癒し系BGMを試しましたがピンと来ず、やがてハワイアンミュージックを流したところ、ペダルスチールギターの残響音がビル型銭湯・全面タイル張りの浴室に非常にマッチすることに気付きましてね。それをきっかけに銭湯のコンセプトも、ハワイアンに統一したんです。また、最近では水風呂の浴槽をヒバからヒノキへバージョンアップしました!
女性の集客ですね。どの商売でも女性客が増えると、そこは繁盛していくと言われています。ですからSNSも活用して、女湯のスチームサウナもアピールし、無印良品の化粧水や乳液を無料で使用できるようにしたほか、ダイソンのドライヤーも設置しました。それから脱衣場と浴室に沢山のリクライニングチェアを設置して、ハワイアンBGMを聴きながら“うたた寝”や“寝落ち”できる長居可能なリラクゼーション銭湯にしました。こうしたものを取り入れたことが評判になり、口コミでも人気が広がっていきましたね。
井戸水を調査すると“温泉”であることが明らかに!
波動水は、父が30年前に導入した浄水器でつくられます。バックヤードに人間ほどの大きさの2つのタンクがあり、中に鉱物や岩石、磁石を砕いて練り上げた約1cmの黒い球が数万個入っています。そこに井戸水を通すことで水質の硬度が高い水に仕上がるという仕組みです。あるメーカーと大学の教授がタイアップして発明した装置のようですが、詳しい資料も残っておらず詳細不明な点もあるんです(笑)。でも、「真冬の湯上りに自転車を20分漕いでも湯冷めしないし、顔がつっぱらないよ」と言っていただけたこともあるほど体が温まり保湿しやすいようです。
――そんな秘密があったんですね。天徳泉さんは最近、“温泉認定”されたことで「阿佐ヶ谷温泉 天徳泉」に改名したことも話題になりましたよね! これはどのような経緯でわかったのでしょうか?
――ぜひ食べてみたいです! 天徳泉さんは都内でも珍しいオートロウリュのスチームサウナを設置しているので、温泉成分を存分に浴びられますね。
ええ。かなり熱いですが、スチーム効果もあって、お肌と呼吸器に優しく浸透しますよ。湯船の水温に関しては42.5℃、冬は43℃以上と入りやすい温度に設定しています。温泉認定を受けてからは特にお客様も増え、大満足していただけていますね。
本質を捉え、遊び心を持ち、考える
常連さんの意見を大事にする一方で、そこにばかり固執しすぎないようにしています。常連さんの過ごしやすさを優先すると店内に独自のルールができて、新規の方が通いづらくなってしまう恐れもありますからね。もちろん必要最低限のルールを守れない方に注意していただけることはありがたいです。でも、そもそもここはお風呂を楽しみに来ていただく場所なので、お客様がそれぞれ、有意義に過ごしていただけるような空間を提供することが、この商売の本質です。そのうえで、お客様に喜ばれ、本当に必要とされているサービスを提供できているかを常に考え、それに応えることがモチベーションにもつながっています。時には、奇想天外な発想をそのまま現場に落とし込むこともしますが、思いのほか需要の掘り起こしにつながったりします(笑)。遊び心を持つと商売も楽しくなりますね。
――誰もが楽しめる場を提供できるように意識されているんですね。最後に、天徳泉さんの展望や、銭湯業界に対するお考えがあればお聞かせください。
引き続きお客さんの反応を判断基準に、新しいことも取り入れていきたいです。また、今後は男湯の庭に外気浴スペースとドライサウナを設置できればと考えています。そして、ゆくゆくは廃業を考えている銭湯の運営を受け継ぎ、多店舗展開もしていければ業界のためにもなるのかなと思っていまして。でも、一番の理想は業界を担う若手が増えていくこと。銭湯存続のためには若手ならではの斬新なアイディア・熱意も必要ですからね。そういった若い人材を育てていくことも大事だと思います。
――長年にわたりお勤めしていた大手銀行の会社員から銭湯経営に転身するのは、人生の中でも大変革を起した出来事だったと思います。でも、元からあったものを活かし、お客さんの声に応えながら、新たな挑戦をするのが、川﨑さんならではのスタイルだと思いました。ぜひ、これからもバージョンアップし続けてください!
■住所
〒166-0001 東京都杉並区阿佐谷北2-22-1
■アクセス
JP中央線阿佐ヶ谷駅 徒歩4分
■営業時間:15:00~25:00
休業日:水曜日
■URL:https://suginami1010.com/tentokusen/
vol.12 ハワイアンな空間に浸れる、阿佐ヶ谷温泉 天徳泉
(2023.5.31)