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第一印象は「おお、厚い」でした。2ページの「はじめに」に始まり巻末の特別対談にいたるまで、目次ぶん11ページを除いても320ページ。章扉の11ページぶん(全10章プラス1)を引いても309ページ。そこに42字×17行でテキストがダーッと並んでいます。
 
でも、読みにくさはまったくない。むしろどこまでも読みやすい。その理由は、ほとんど一見開きに一個設けられた節見出しと、表グラフや写真の多さと、大事な箇所は太字で強調されていること、そして何より、本書がYouTubeチャンネル『未来ネット』(旧:林原チャンネル)の番組「EV推進の嘘」の書籍化だからだと思います。もとが鼎談――著者3名による座談会――だから、前回取り上げた『日本金融百年史』よりさらに4万字多くても*1、全然疲れずあっという間に読めるのです。
 
内容はタイトルの通り、EV推進政策(EV一本化政策)を進めることの罠と、「脱炭素」政策の欺瞞性について。両者をつなぐのは例の「地球温暖化」です。もはや「例の」とシニカルな言い方をしないとこのトピックについては危うい気がするのは、先の衆院選で麻生太郎前財務大臣が北海道選挙区の応援演説で「北海道の米がおいしくなったのは温暖化のおかげ」と放言したのがどこまで本気か危ういのと正確に対応している気がします。つまり、「ネタですかね?」と思いながら受け取るぐらいがちょうど良いかもしれないということです*2
 
本書はこのテーマに関しては、温暖化の原因が温室効果ガス(大半がCO2とされる)なのかどうかは判断を保留します。「我々はあくまで自動車の専門家だから」*3と分を弁え、「ひとまず(2015年にそれが)パリ協定で締結されている現実をベースに考えていく」という立ち位置を一貫します。そのうえで、パリ協定が各国に迫る内容のニュアンスの読み解きと、2017年の経産省はそのニュアンスを見抜いて現実的かつ理想的な玉虫色の公式報告を発表していたことと、にもかかわらず政治家が脱炭素を政治の具に使い台無しにしてしまったことが書かれています。
 
――と、ここまで解説すれば、前々段落の「EV推進政策」という言葉のそもそもの欺瞞性がわかります。つまり、EVを推進するか、どの程度推進するかは本来メーカーが顧客の反応を見て決めることで、政府が政策的にEV一本化に誘導するのはおかしいのではないかということです。
 
本書はGMやVW(フォルクスワーゲングループ)のEV推進計画と欧米各国(特に欧州)の政策が本音と建て前を使い分けていることを具体的に示しつつ、この欺瞞性に何度も言及します。日本だけが建前を真に受けて脱炭素政策を墨守している。墨守する様を政治の具に使っている。様がフリで済んでいるうちはいいですが、支持率稼ぎなのかお金稼ぎなのか、国際的にも国内的にも公約にしてしまったからさあ大変。ネタが本気に化けた瞬間です(今ここ)。
 
支持率稼ぎないしお金稼ぎの疑念をめぐっては、第3章「EV推進は株価のため? テスラ&イーロン・マスクの功罪――EVが増えてもCO2は減らない」の、「EV化を政治家が推す理由。ESG投資とEVの関係」「EV推進派のキーマン」「EV化で得をする人々の正体」の各節をはじめとして、随所で言及されています。テスラの社外取締役でありながら経産省参与を2020年5月から2021年1月まで務めた水野弘道氏もその一人。106ページでは著者3名のうち池田直渡氏と岡崎五朗氏が、政府内の動きと水野氏参与任命の経緯に関し、「相当問題です」と喝破しています。
 
そして評者としては、第8章「パリ協定の嘘! 実現不可能なCO2削減目標を掲げるのはなぜか?」の、「パリ協定の裏で進行する世界各国の思惑」の節にある著者たちのやりとりが気になりました。引用します。
 
加藤:高い目標を約束することが国際社会でリーダーとして認知されることだと思っておられるのでしょうが、積み上げがなければ絵に描いた餅になります。数値を達成するために無理やり法律で規制したり、カーボンプライシング(炭素税)の制度を作ったりしたところで、官僚は予算と手柄と権限が増えて嬉しいのかもしれませんけど、現実離れした数字のおかげで国民はますます貧しくなっていく。‥後略‥
池田:‥前略‥既に経産省の報告書には「カーボン・バジェットからのバックキャストは不適切である」と、こんなにはっきり書いてある。でも、菅首相(当時)は「目標をさらに引き上げましょう」と言ったわけですから呆れます。
加藤:なぜそうなるんですかね? なぜ政治家は現実離れした無謀な目標設定をするのでしょうか?
岡崎:それは僕が康子さんに聞きたいですね(笑)。
加藤:いやもう、本当にわからないことが多くて(笑)。」
 
著者3名中最後の一人、番組では司会進行役も務めた加藤康子氏は、第三次・四次安倍内閣の内閣官房参与で、昭和~平成を通じて主に自民党の大物政治家だった加藤六月氏の子女。政官財界に多くの知人を持つ人物です。その人が語るのだから、引用前半の政治家評も官僚評も大衆週刊誌のそれと違う信憑性を感じますし、一般の読者からすれば、引用最後の岡崎氏のナイスツッコミへの返答に対し「実は知ってるんじゃないの?」と勘繰りたくもなります。ここはひとつ、池田氏が106ページで水野弘道氏の参与就任のプロセスに関し経産省の総括を求めたのと同様に、「話しちゃいましょうよ。そのほうが日本のためですよ」と加藤氏に迫ってほしかった。そして加藤氏は知っていることを話してほしかった(笑)。
 
――と、そんな“妄想”さえ喚起させる親しみやすさを終始維持しつつ、本来どこまでも大上段に構えて語れるはずのテーマを良い意味で週刊誌のノリで読ませてくれるのが、本書の書籍としての長所だと思います。そしてこの長所を担保するものもやはり、冒頭で評したとおり、もとが座談会だということ。おそらくですが、書籍化にあたり、「極力もとのお話(しゃべり)をそのまま残す」という編集方針が意図的にとられたのではないでしょうか。番組を視聴して逐語的に確かめたわけではありませんが、そんな気がします。
 
ひとつだけ難があるとしたら、その方針の裏返しでもありますが、啓蒙を旨とする書籍としては、やや情緒に訴え過ぎるきらいがあるかもしれません。これは情緒的なのがいけないという意味ではなく、「もたらされる知識、情報に対するありうべき情緒的反応まで一緒に示されるので、自分で考えてみないまま自身の態度を決めてしまう読者を生みかねない」という意味です。このあたりは読みやすさ・わかりやすさとコインの表裏なので、読み手の力量に委ねるしかない部分ではありますが。
 
ともあれ、「EVだけにしていっていいの?」とか、「脱炭素って妙に引っかかるなあ」とか、「ESG投資もキレイな話ばっかりかしら」とか思い始めた人が、これらを貫く背景も含めて知識を得る入門書としては格好の一冊。お勧めします。
 
 
 
*1 42字×17行×309ページ=220,626字
*2 評者個人の見解です
*3 p253参照
 
(ライター 筒井秀礼)
『EV推進の罠 「脱炭素」政策の嘘』
著者 加藤康子・池田直渡・岡崎五朗
株式会社ワニブックス
2021年11月10日 初版発行
ISBN 9784847071072
価格 本体1500円
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(2021.11.17)
 
 
 

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