意図の有無は当人のみぞ知る、です。――が、書かれて世に出た本の中身はこの人たちとは関係がない。インクが紙に染みて活字になって本として書店の棚に並んだ以上、むき身で読者と出合うのみです。そしてその中身はどうだったかというと、評者氏からはすごく良い本だと断言します。
小欄は過去に一度だけ、事情はあったのでしょうがどう考えてもどう解釈しても編集者がまったく何の仕事もしておらず、著者原稿を右から左に流しただけとしか思えない本を選んでしまったことがあり、いったんは評し終えて編集部に入稿したものの、このまま記事が出ても誰も、何も益さないと思ったので本を替えて一からやり直したことがあります。そのときと同じ出版社だったので心配しましたが、いい意味で裏切られました。これは良書です。
既存レビューを起点にするのは邪道なのですがもう少しだけ。――思うに、別のレビューで「中身のないことを長々と」と書かれているのは、本書が「記述が思考になっていく書籍」だからだと思います。「考えたことを書いた」のではなく、「考えながら書いた」のとも違う、「書くというアウトプットの行為が思考の営みになっていく本」というものがあるのです。
その意味で読者は――著者の意に沿うかどうかはわかりませんが――、エッセイを読むときの感覚に自分の構えをチューニングして本書に入っていくと良いと思います。エッセイは上のレビュアーが求めたような図表化をすべきものではありません。文と意味の軌跡をたどるものです。もっと言えば、たどる感覚を味わうものです。これと同じことを言っている箇所が本書46ページにあります。
「前提として、この本を通じて私は、情報収集という言葉を相当に広い意味で用いています。‥略‥自身が情報に触れた際に収集しているのは、その文字・数字情報だけではなく、その情報に触れた瞬間の自分の思考や感情、感覚も含むためです。」(第2章:情報収集のための基本フレームワーク より)
読んでいくとわかりますが、本書は認知スキルとしての「分節化」を非常に大事にしています。新卒で入ったコンサルティングファームで仕事を覚える中で著者が必死になって身に付け、だからこそ核になったスキルなのでしょう、随所でこの「分節化」が出てきます。分節化と言ってピンと来なければ「問題の切り分け」、あるいは作家の島田雅彦の言葉を借りて、「あらゆる単語に自分なりの辞書的定義を。」と理解してもいい。この言葉は後に「それこそ物書きの仕事だと思いますけど。」と続きますが*1、「物書き」を「ビジネスマン」に、あるいは「起業家」「社長」「店主」などに、要は「覚悟して自分なりの決断をする人」に置き換えれば*2、本書が教える情報収集(=インテリジェンス)はすべて覚悟と決断のためのものだということがわかるはず。
あるいは「分類」を大事にしています。博物学の基本は収集したら「これ(セミ)はこっち(カブトムシ)と違う」と分けること、それが既存のセミの定義に適う場合は「これはセミである」と正しく認識できることです。そして認知が定まった後はしかるべくセミとして扱う。カブトムシとして扱わない。本書はこれらのことを一貫して教えています。読者は本書の文と意味の軌跡をたどることで、新しいプログラムをダウンロードするときのように、データやインフォメーションの先にあるインテリジェンスにたどり着く作法を知ることができるでしょう。
そしてプログラムインストールを完了できるどうかは実践反復あるのみ。著者の場合はコンサルティングファームを始めとする過去の各職場で、納期、職責、それに先輩たちからの期待を圧として作法(=プログラム)を自身に叩き込むことができたようですが、誰もがそんな環境で働いているわけではない。ただ、上長の立場にある人はもしかしたら、部下に本書の作法をマスターさせることを通じて、「させるからには自分もマスターしなければ」と自分に圧をかけることでインストールを完了できるかもしれない。部下もトレーニングの圧を素直に受け入れることでインストールを完了できるかもしれない。
このように「上手く機能している上下関係」の雰囲気は、著者が特にコンサルティングファーム時代の先輩たちとのエピソードを描く箇所で強く感じられる雰囲気です。この点で、本書は「とあるビジネスマンの成長譚」として読める側面も持っています。こういうおもしろさも売れる本には必須でしょう。
以上、本書がメタレベルで何をやっているかについて評しました。そして具体のレベルについては、残念ながらAmazonも楽天も他のWeb書店でも目次を章単位でしか紹介しておらず、リンクで飛んで目次詳細を見ていただきながら解説することができません。なので本稿では下記の長所をお伝えしつつ、リアル書店で現物を見て節・項の見出しをチェックされるようお勧めします。
◇情報収集(=インテリジェンス)を行う際のTipsや関連情報がとにかくたくさん出てくる
◇各Tipsの解説が具体的。誌上シミュレーションをしてくれているものもある
◇有用サイトや有用書籍、業界誌などが多数挙げられ、ガイド本としても情報が豊富で親切
◇章の構成、各章内の構成ともに自然で、全体の内容がスムーズに理解できる
また、これは内容面の評価ではないですが、87ページラストからの一段落と166ページ最終段落のツーセンテンス目は、書いたそのままが図らずもある種のユーモアになっていておもしろかった。引用します。
「逆におすすめしないのは、オンラインサイトでのレビュー点数を参考に購入するかどうかを決めることです。人と書籍の相性は、人とレストラン・食事の関係性よりも複雑です。‥略‥レビューを使うとしても、その点数を参考にするのではなく、最高点をつけている人、あるいは最低点をつけている人のコメントを参考にするようにしましょう。」(第3章:基盤をつくる:知識の網を持つ より)
「意味を生み出すのはあなたです。」(第4章:インテリジェンス創出前半:目的に沿ったデータを集める より)
オンラインサイトでのレビューを気にして購入を決めるべきではないということです(笑)。これは本当にその通りです。またレビューする側も、それで他の人の購入をどうこうしようとか考えなくていい。「人と書籍の相性は、人とレストラン・食事の関係性よりも複雑」なのです。読んだ内容から「意味を生み出すのはあなた」。個々の読者です。
小欄が普段から細かい内容よりも「この本は何をやっているのか?」の評を心がけているのもそれが理由です。本書はとても良いことをやっていると思いました。お勧めします。
*1 特集・小説家の肖像 島田雅彦 論理を感覚に置換する快楽(『スタジオ・ボイス』1999年2月号)
*2 覚悟についてはvol.65『正しい「未来予測」のための武器になる数学アタマのつくり方』の評もご参照ください