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コラム 京大教授が“切る”現代経済 vol.1 Amazon Dash Buttonに透ける未来(前) 京大教授が“切る”現代経済 京都大学大学院経済学研究科教授/経済学博士 依田高典

コラム
 
読者の皆さん、こんにちは。京都大学大学院経済学研究科教授の依田高典です。この連載では私の専門とする行動経済学―ココロの経済学―の知見をもとに、現代経済の中のちょっぴり気になる話題を取り上げて、その背後に潜む経済メカニズムを、読者の皆さんと一緒に考えていきたいと思います。第1回目は、今話題の「Amazon Dash Button(アマゾンダッシュボタン)」を取り上げます。
 
 

Amazon Dash Buttonとは何か

 
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Amazon Dash Button、行動経済学的にはどう分析できる?
皆さんは、Amazon Dash Buttonをご存じですか? アメリカ・シアトルに本拠を構えるインターネット商取引の最大手Amazonのお気に入り商品を簡単に注文できるボタンです。
 
Amazon Dash Button公式紹介ページ
https://www.amazon.co.jp/b?node=4752863051
 
その仕組みはとても簡単。3つのステップから成り立っています。最初に登録。お気に入りの商品の登録ボタンを好きなところにセットします。次に注文。登録された商品をワンプッシュで注文します。最後に受け取り。同社のお急ぎ便の配送で商品が届きます。
 
主な商品は、飲料水、トイレットペーパー、洗剤、シリアル、おむつ等、消費者が強いこだわりを持たずにドラッグストアやスーパーマーケットで選ぶことの多い日常消耗品。2017年2月現在、42商品のボタンが用意されています。性能で差がつきにくいだけに、ブランドのイメージが大切。各メーカーも莫大な広告費をかけて、自社製品の名前を覚えてもらうことに必死です。Amazonはそこに目を付け、テレビを通じた消費者の無意識への刷り込みを狙わずとも、日常生活の中で気軽にポチッと商品を選んでもらう仕掛けをつくりました。さすがは、eコマースの麒麟児Amazon。仕掛けてくる着眼点が違います。
 
 

Dash Buttonに行動経済学的理由あり!

 
私は最初にDash Buttonのニュースを聞いた時に、「うまいところに目を付けてきたな」と感心しました。生身の人間のココロのクセをもとに、実際の経済行動を分析する行動経済学の立場からも、その合理性が認められるからです。
 
第一に、人間は日常の面倒くさいことをいちいち考えるのが苦手です。なるべく、今現在の生活習慣を維持し、よほどのことがない限りは新しい選択をしようとはしません。これを「デフォルト(初期値)・バイアス」と呼びます。人間が行動を変える時には、スイッチング・コストという現状を変えるための物理的・心理的な障害が発生するのです。Dash Buttonは、消耗品が切れた時にボタン一つで注文できる仕組みを導入し、人間のデフォルト・バイアスを逆利用して、当該商品のスイッチング・コストを最大化する仕組みをつくろうとしています。
 
第二に、ボタンを押すだけという商品注文に、財布から現金を出して支払うという仕組みが直接に介在していません。人間は、現金を支払う時に、ココロの痛みを感じるという実験結果があります。これを「損失回避」と呼びます。1000円を支払う痛みは、1000円を貰う時の喜びの約3倍。だから、人間は商品をカゴに入れて、「いやちょっと待てよ。この商品は本当に価格だけの価値があるのかな」と考えるのです。クレジットカードや電子マネーのような少額決済の仕組みは、目の前で現金を失うのは嫌だなという損失回避を巧妙に見えにくくしています。Dash Buttonはさらにその先を行き、ボタンを押す時に、お金を支払うという重大事実も、日常の流れ作業の中に隠そうとしているのです。
 
 

ビジネスモデルとしては発展途上

 
行動経済学的に見て、人間のココロのクセのうまいところを突いてきたDash Buttonですが、それではこの注文の仕組みが決定版となるかというとまだもう一段階、もう第二段階、洗練化のステップが必要なようです。すでにDash Buttonを使ったユーザーからも鋭い突っ込みが投げられています。
 
ユーザー目線で実際にAmazon Dash Buttonを使ってみたレポート
http://www.gurinovation.com/entry/2017/01/05/200000
 
例えば、受取方法。Amazonのお急ぎ便を使えば、素早く好きな時に商品を受け取れそうですが、ボタン一つで注文できる手軽さが仇となり、時間指定ができません。そうなると、不在時には機動的な商品受取ができなくなり、注文の便利さがかえって受け取りの不便さとなってしまいます。宅配ボックスを備えた家庭も増えてきていますが、Dash Buttonの魅力は半減です。
 
続いて、価格の高さ。お近くのドラッグストアやスーパーマーケットの特売品に比べて、Amazonの商品の販売価格は定価に近く、概して高めです。トイレットペーパーのダブル30mを12ロール購入する時の価格を調べたところ、Amazonは約500円。ところが、私が大学近くのドラッグストアで同じ商品の価格を確認したところ、400円程度で売っていました。塵も積もれば山となります。いかに寛容(物臭?)とはいえ、消費者がいつまでもこの価格差に目を瞑るとは思えません。
 
最後に、ボタンを持つことの煩わしさです。仮にボタンの電池の寿命が1年保つとして、消費者はずっとブランドを使い続けるでしょうか。最初こそ、Dash Buttonは目新しく映るものの、ボタンに拘束されることに、いずれ飽きを感じることでしょう。消費者は、実際に商品を手に取ってみて、あれこれ異なるブランドを試して楽しむという一面もあるので厄介です。これを経済学では、「多様性への選好」と呼びます。
 
私の見立てでは、Amazon Dash Buttonは、経済学的にかなり良いところを突いているものの、まだ決定打にはならないかなというのが結論です。
 
――後半に続く
京大教授が“切る”現代経済
  vol.1 Amazon Dash Buttonに透ける未来(前)

 著者プロフィール  

依田 高典 Takanori Ida

京都大学大学院経済学研究科教授/経済学博士

 経 歴  

1965年、新潟県生まれ。1989年、京都大学経済学部卒業。1995年、同大学院経済学研究科を修了。経済学博士。イリノイ大学、ケンブリッジ大学、カリフォルニア大学客員研究員を歴任し、京都大学大学院経済学研究科教授。専門の応用経済学の他、情報通信経済学、行動健康経済学も研究。現在はフィールド実験経済学とビッグデータ経済学の融合に取り組む。著書に『ネットワーク・エコノミクス』(日本評論社)、『ブロードバンド・エコノミクス』(日本経済新聞出版社。日本応用経済学会学会賞、大川財団出版賞、ドコモモバイルサイエンス奨励賞受賞)、『次世代インターネットの経済学』(岩波書店)、『行動経済学 ―感情に揺れる経済心理』(中央公論新社)、『「ココロ」の経済学 ―行動経済学から読み解く人間のふしぎ』(筑摩書房)などがある。

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(2017.3.1)
 

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