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帰省シーズンの航空券

 
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sompongtom / PIXTA
筆者は学生時代、帰省で郷里までの航空券を買うたび、料金の上がりぶりに憤ったものだった。「この時期に足もとを見て値上げするとは何事か。ほうっておいても客がくるときは安くして社会に還元して、客が少ないときに値上げして利益を確保するのが真っ当なやり方じゃないか!」というのが当時の言い分だった。
 
今思うとこれは間違いで、需要が多ければ値上げして利益を狙うのが当然・・・とは言いたくない。社会に出て働きはじめると後者の発想が身につくものなのだろうが、その変化に「自分もそちら側(企業利益から給料をもらう側)の人間になったから」という以上の理由があるだろうか。もしそれが理由なら、そのていどの必然で自身の信義を変えるのは、もはや立派な転向である。
 
――と、個人の信条の話から始めるのは、今年2019年はAIを使ったダイナミック・プライシング(需給条件の変動をリアルタイムで価格に反映させること)の普及元年になると言われており、そうなれば企業とユーザー双方が、価格というものに対してある種の哲学を持つよう迫られると感じるからだ。
 
 

さまざまな普及の動き

 
昨2018年6月4日、三井物産がヤフー、ぴあと組んで新会社のダイナミックプラスを立ち上げた。ヤフーはすでに2016年から試験的に観戦チケットの一部でAIの値付けによる変動価格を適用してきたが、今シーズンはホーム開催の全試合で1500席に変動価格を導入している。サッカーの横浜Fマリノスと名古屋グランパスエイトも同様だ。同社は先月、エイベックス・エンタテインメントとも業務提携を発表。ライブ・エンタテインメント分野でのダイナミック・プライシングの本格普及に乗り出した。
 
またホテル業界でも、従来行われてきた需要予測にもとづく価格調整(レベニューマネジメント)に、AIとアルゴリズムが入ってきつつある。代表的なシステムは昨年「グッドデザイン賞」を受賞したリクルートライフスタイル社の「レベニューアシスタント」、株式会社空の「Magic Price」、メトロエンジン社の「メトロエンジン」などがあるようだ。メトロエンジン社の田中良介CEOはテレビ東京「ワールドビジネスサテライト」の取材に対し、「需要が供給を上回るものにはダイナミック・プライシングを応用できる」と答えている。
 
 

払う意思、売る意思、価格

 
ここで注目すべきは、ダイナミック・プライシングにおいて需要と供給は必ずしも「量」を意味しないということだ。逆に言えば、だからこそダイナミック・プライシングは人口減少時代の利益最大化施策になり得る。どういうことか。
 
価格戦略を考える際の概念として「支払意思額」と「売却意思額」がある。Willingness to Pay(WTP)とWillingness to Sell(WTS)。要は客側が「これぐらいなら払ってもいいな」と思う額と、売る側が「これぐらいでなら売ってもいいな」と思う額だ。
 
これらに実際の価格を加えた3つの関係がパターン1「WTP>価格≧WTS」のとき、客は「得した!」と感じる(余剰メリットを得る)。売る側も納得なので売買が成立する。パターン2「WTP≧価格>WTS」になると今度は売る側が「得した!」と感じる(余剰メリットを得る)。客も余剰メリットは感じないが妥当ではあるので同じく売買が成立する。
 
成立しないのはパターン3「WTP≦価格<WTS」とパターン4「WTP<価格≦WTS」のときだ。前者は、客は納得するが売る側は損なので、在庫コストその他の条件によっては売却を見送る結果、売買が成立しない。後者は、売る側は納得するが客にすれば損なので、事情によっては購入を見送る結果、やはり売買が成立しない。
 
そしてダイナミック・プライシングではまさにその「在庫コストその他の条件」と客の「事情」をAIで割り出し、値付けする。これはとりもなおさず絶対量以外の要素によるパターン3、4の発生をなくし、パターン1もパターン2にしていけるということである。つまり田中氏が言う「需要が供給を上回るもの」とは、「パターン1の状態にあるすべての商品」という意味でもある。企業がダイナミック・プライシングに熱視線を送るわけだ。
 
 

“妥当フラグ”で埋まった世の中

 
ところで本誌にも2017年にダイナミック・プライシングについての記事がある(「京大教授が“切る”現代経済」vol.6 ダイナミック・プライシングは消費者の味方か)。解説に照らすと、現在標準的な「一物一価の法則」は、ここでいうパターン1と2が幅を持ちながら「WTP≒価格≒WTS」に収束していくことだと表現できる。
 
しかしそれは記事が教えるとおり、売る側がWTPを顧客一般の意思額として想定し、個別の客の意思額は考えない前提の話だ。売る側が客のWTPを個人A、個人B、個人C・・・について想定しはじめるとこの法則は崩れる。そして記事にある「完全価格差別化」にいたれば、売る側にはユートピアだが買う側――冒頭でいう社会――にはまったくのディストピアだろう。想像してみるがいい。あらゆる購買行動が「妥当、妥当、妥当、ダトウ、、、、」と“妥当フラグ”で埋め尽くされた世の中を。
 
 

なにも利益の最大化だけが

 
現状ではまだダイナミック・プライシングは客ではなく商品に紐づいて発達している。が、客に紐づくための環境整備は着々と進みつつある。購買履歴や居住物件などの属性データからターゲティング広告ならぬターゲティング価格を都度個別に提示するぐらいのことは技術的にはいつでも可能だろう。やればやれることを実際にやるかどうか――これは哲学の範疇だ。
 
その点、湘北短期大学の大塚良治准教授が東洋経済オンラインの記事で報告する東北楽天ゴールデンイーグルスの例は含蓄に富む。楽天イーグルスは他球団に先んじてすでに全座席をダイナミック・プライシングで販売しているが、その狙いは、「価格に弾力的なお客様を、売り切れ間近な商品からそうでない商品に誘導することにより、できるだけ試合開催日の直前まで多くの試合・席種のチケットを買える状態にすること、もう1つは、売れ残りを出さずにお客様の手元にチケットが行き渡るようにすること」にあるという。この位置づけは、なにも利益の最大化だけがダイナミック・プライシングの使い道ではないことを示す好例と言えるだろう。
 
 

1年遅れのターゲティング

 
そして最後、ユーザー側の哲学について。これはもう、冒頭の話を蒸し返すのでなければ直近のトピックに象徴させるにしくはない。5月中旬から先月頭にかけて読者諸氏にも通知が来たはずの、平成31年度の税額および健康保険料額である。
 
国民年金とちがって税金と健康保険料は行政が確定申告から個々人のWTP、もといATP(Ability to Pay=担税能力・負担能力)を計算して額を決める。いわば“リアルタイム”の幅を1年とったターゲティング価格のようなものである。しかもこのダイナミック・プライシングにはWTPを介在させる余地がない。あるとすれば、選挙権ないし被選挙権を行使して間接的に行政を変えるときだけだ。
 
だから21日は選挙に行きましょうね! ――というオチ。
 
(ライター 筒井秀礼)
 
(2019.7.3)
 
 

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