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1、複式簿記をしない経営者は死刑に処する!

 
 「ヨーロッパが生んだ最大の発明の一つは、複式簿記である」 と言ったのは、ワイマール公国の財務大臣でもあった文豪のゲーテです。『ヴィルヘルム・マイスターの修業時代』 という作品の中で触れています。そしてヨーロッパ文明がアジア文明に勝ったのは、この複式簿記の存在があったからだとも言われてます。
 ではなぜ、ヨーロッパでは、複式簿記が浸透していったのでしょうか?「会社が倒産した時、複式簿記の帳簿を裁判所に提出できない経営者は死刑に処する」――実は、こんな恐ろしくてすごい法律がフランスにはあったのです(サヴァリー法典・1673年制定)。この死刑条項はナポレオン法典(1804年・フランス民法典)では削除されていますが、これほど徹底していたからこそ、複式簿記があっという間にヨーロッパ各地に広まっていったのかもしれません。
 ところで、日本の会計的基盤が整備されたのはいつごろだったのでしょう?
 「日本の高度経済成長の原点は16世紀前半の豊臣秀吉の時代の経理技術の偉大な進歩にあったのだ!」という視点で書いたのは、本連載第13回でした。この時、筆者である私はこう感想を述べています。
 「・・・個人的には、せめて江戸時代の前期にでもこの複式簿記が伝わっていれば、日本の経済発展もまた別な展開をしたのかもしれない、と思うと残念でなりません。軍事的必要性から様々な技術革新や管理技法が高度に発達する事例はいつの時代にも当てはまります。しかし、目立った軍役がなく平和だった江戸時代では、たとえ複式簿記の技法が紹介されていたとしても、それが受け入れられ、普及する下地はなかったかもしれませんね。」(「安土桃山時代の高度経済成長と簿記技術発展との関係」(本稿23年2月号)
 この思いは今でも同じですが、今回また別の角度から、日本では複式簿記は発明されなかったであろうし、ヨーロッパと同じようなニーズから複式簿記が発達することはこの時代にはありえなかったのでは、との思いが芽生え始めました。
 つまり今回のテーマ、日本人の釣銭の計算方法と欧米人の釣銭の計算方法の違いと複式簿記の関係が、無いようで有るのではないかと、考え始めたからです。
 
 
 その話を始める前に、ではサヴァリー法典ではなぜこのような死刑条項まで要請したのかを見てみましょう。
  
 

2、ルイ14世の女性好きと複式簿記の関係

 
 フランスのルイ14世は、こよなく女性を愛したようで、たくさんの愛妾もおりその影響がかなり強かったようです。貴族たちを強く統制するためとはいえ、壮麗なるヴェルサイユ宮殿を建造したり、愛人が変わるたびに浪費度合いを拡大していきました。モンテスパン侯爵夫人への寵愛から始まった、ルイ14世の治世最大のスキャンダル 「黒ミサ事件」(リンク先・黒ミサ事件の項参照) も、サヴァリー法典の制定後に起きています。
 また当時のフランスは、多年の戦費とフロンドの乱により財政が悪化し、産業も不振で、加えて破産、とりわけ詐欺破産、財産隠匿といった不正が横行していましたから、法律をもって信用制度を回復し、民力増強を図ることが急務とされていました。
 ここで登場するのが、大財政家コルベールです。彼は財政の立て直しと、詐欺破産や財産隠蔽防止を図るための商法の整備に着手し、それに参加したのが、ジャック・サヴァリーでした。「サヴァリー法典」 とは、彼の名前からの命名です。
 さて我々職業会計人がサヴァリー法典を会計史上画期的なものとして扱っているのは、商業帳簿及び財産目録の規定が近代国家の法令のなかに置かれたこと、そして近代国家の法律上に 「複式簿記」 の文言が初めて現れたからなんです。まあ、ルイ14世の女性好きがもたらした財政悪化を遠因として複式簿記が制度化されたと、勝手に推測してみたわけです。
 
 

3、複式簿記の発明過程の推測

 
 複式簿記が完成するまでには多くの時間を要したようですが、どういう思考過程でできあがっていったのかについて、リトルトンの『会計発達史』等を参考に推測してみましょう。
 
1、貨幣経済が主役になると商人間の信用取引増大
2、貸付金や売掛金の確実な残高把握の必要性の増大
3、単なる備忘記録から帳簿記帳の必要性
  →実在勘定(債権、負債、資本の勘定)の発生
4、帳簿の記入形式は、当初は上下分離の「垂直方式」での消し込み作業で記録抹消
5、分割払いが出てくると上下分離の「垂直方式」の消し込みでは不便となり、
  左右分離の水平方式に変化(すなわち反対配置による減算方式)
6、貸借関係の整理を繰り返すうちに、ある一定の法則に気がつく
7、貸付金の増加には現金が減少、借入金の増加には現金が増加するように
  一つの取引には二つの勘定が増減することに気がつく
8、つまり財産の増減には原因と結果の両面の事実があるということの気づき
  →この後、名目勘定(財産増減の原因を示す収益費用の勘定)の発生へと進展か?
9、この原因と結果の因果関係を同時に把握する方法・技術を体系化し、 
  損益計算書と貸借対照表を同時に作成できるようにしたのが、複式簿記である
 
 取引が活発になると物々交換だけではその決済の仕方に限界が生じ、取引拡大にとっては障害となります。経済を高度に発展させたのは信用制度のお陰でしょう。その商人間の売掛金や買掛金の残高把握の必要性から、長い時間をかけて、財産計算と成果計算の両者を同時に行えるような見事な計算体系である複式簿記が完成していったと言えます。
 複式簿記は、すべての取引を原因・結果の水平方式(借方と貸方)に分析して記帳し、左側である借方合計と右側である貸方合計は常に一致する貸借平均の原理から試算表ができ、結果として記帳の正確性が検証可能となります。そして総勘定元帳に基づいて貸借対照表や損益計算書が作成できます。このあたりの具体的な計算方法、そして複式簿記の持つ検証可能性の素晴らしさについては、本稿・平成22年11月号vol.10、12月号vol.11「俺の借金全部でなんぼや?」~複式簿記って素晴らしい~その1と2をご覧ください。
 
 公会計である官庁会計は単式簿記です。原因または結果の単記帳です。貸借平均の原理が働かないから試算表の作成は不可能ですし、貸借対照表の作成は仕訳という取引記録からだけでは誘導的に作成されません。棚卸しの実施が必要となります。公会計にも複式簿記の導入が必要であるということは折に触れ本稿でも述べていますが、これについては再度別稿で取り上げたいとは思っています。
 
 
 
 

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