第2回 専門家だからこそ抜けられない深い溝
皆さんこんにちは。ラテラルシンキングの伝道師、木村尚義です。先月から始まったこの連載は、あなたのビジネスをさらに楽しくするために、ロジカルシンキング(論理的思考)と対になるラテラルシンキング(水平思考)を基礎から応用まで紹介し、実践的に役立ててもらおうという企画です。今回もさっそく始めましょう。まずは謎かけから。
問題その2【ボルト選手と競争】
*ヒント*
毒を飲ますなど恐ろしげな手段は、推理小説に任せましょう。
ラテラルシンキングが広がった経緯
ラテラルシンキングは、時代の変わり目に求められる思考法です。1960年代に心理学者のエドワード・デボノ博士により提唱されました。日本では1966年、多湖輝先生のベストセラー『頭の体操』(光文社)によって広く知られます。ちょうど高度成長の好景気が陰りを見せた頃で、発想の転換が求められていました。
ラテラルシンキングでピンチから脱出した例を挙げましょう。
時は先の東京オリンピック。進学祝いや就職祝いの定番と言えば万年筆でした。その頃の高級万年筆の代名詞といえば、パイロット万年筆(現パイロットコーポレーション)です。ところがモンブランやパーカーといった舶来品が参入してその地位を奪います。そのいっぽうで、安価な万年筆なら香港製が定番となってしまった。上と下からのサンドイッチの狭間で、品質や価格をいくらアピールしても一向に業績が好転せず、ついに経営不振に陥ります。
追い込まれたパイロットは起死回生を賭けた一策を講じます。高品質であるとか贈り物に最適というPRを一切やめてしまうのです。
ちょうど売り出し中だった新人タレントの大橋巨泉を起用し、なんとも不思議なCMを放映します。「みじかびの、きゃぷりきとれば、すぎちょびれ すぎかきすらの はっぱふみふみ エリートS」。万年筆としての説明は一切なく、わかるのは商品が「エリートS」という名称らしいことだけ。ナンセンスCMのハシリです。消費者をバカにするなという声もあったそうですが、「はっぱふみふみ」は流行語となり、万年筆の売り上げも急上昇。奇跡の復活を遂げたのです。
価格や性能は競争しやすい指標です。いっぽう「はっぱふみふみ」には指標がありません。商品を同一指標内での競争から別次元にシフトさせたのです。現在でもパイロットは、消せるボールペンという、ボールペンを別次元にシフトさせた商品を生み出しています。
現在は、どの業界でも軒並みこの指標をめぐる競争の波にさらわれています。例えば、自動車業界のスキャンダルも根っこは指標をめぐる競争です。中でも燃費はわかりやすい指標ですよね。たとえ1位を取ったとしても、いずれライバルに追い越されます。ライバル同士が、少しでも背を高く見せようとしてつま先立ちするようなものです。もうこれ以上はつま先立ちできないところで、燃費をよく見せるため追い風で走らせるなど、違反すれすれの試験を繰り返すうち一線を越えてしまったのでしょう。
なぜ、このような考え方にこだわってしまうのでしょうか。
それは、人間の思考がパターン化してしまうと、つまり一度、指標競争が始まってしまうと抜け出せなくなるという性質を持っているからです。デボノ博士によると人間の脳は思考をパターン化することで、同じような事態に遭遇したときに素早く楽に対処できるようになったといいます。思考のパターン化とは、バターの塊にスプーンでお湯を垂らすようなものです。お湯はバターを溶かして溝をつくります。最初は何本か違う溝がつくられますが、何度もお湯を流すと溝の一本が深くなります。この溝を深くする行為が勉強です。専門家はパターン化に成功して深い見識を得た代わり、専門家であるがゆえに容易にパターンから抜け出せないというのです。つまり、思考のパターン化が固定観念というわけです。
指標競争から別次元にシフト
ビジネスでは、同じ指標で競争していては、いずれは負けてしまいます。そもそも、同じ指標で競争しなければならないというルールなどありません。
スーツを例に取りましょう。もともとはテーラーで1着ごとに、採寸して仕立てていました。テーラーはみんな仕立ての早さを競っていましたが、その日のうちに完成させてお客に持ち帰っていただくなんて、まずムリ。そこで、順序を逆にして先につくればどうか。そう考えた店が、スーツの量販店です。客に合わせてつくるのではなく、すでにつくられている1着を客が選ぶのです。客からすれば「今、欲しい」に応えてくれる店ということになります。しかも、量産でスーツが安くなる。旧来からのテーラーは、ずるいと言うまもなく次々と退場してしまいました。
【ボルト選手と競争】答え
ボルト選手はジャマイカ人です。日本語でのしりとりなら、確実にあなたが勝てるでしょう。一言も100メートル走で競争するとは言っていませんよ。
ずるいですか? そもそも、短距離走の金メダリストに短距離走で挑んで勝てるわけないでしょう(笑)。このクイズで言いたいことは、短距離走と聞いた途端に短距離走で競争しなければならないと思い込む思考のパターン化、固定観念を壊すことなのです。
次回は、実をいうと日常の9割はラテラルシンキングが不要!? というお話です。
木村尚義の「実践! ラテラルシンキング塾」
第2回 専門家だからこそ抜けられない深い溝
執筆者プロフィール
木村尚義(Kimura Naoyoshi)
創客営業研究所代表・企業研修コンサルタント
経 歴
日本一ラテラルシンキング(水平思考)関連書を執筆している著者。1962年生まれ。流通経済大学卒業後、ソフトハウスを経てOA機器販社に入社。不採算店舗の再建を任され、逆転の発想を駆使して売り上げを5倍に改善する。その後、IT教育会社に転職、研修講師としてのスキルを磨く。自身が30年以上研究している、既成概念にとらわれずにアイデアを発想する思考法を企業に提供し好評を得ている。また、銀行、商社、通信会社、保険会社、自治体などに「発想法研修」を提供している。遊ぶだけで頭がよくなる強制発想ゲーム「フラッシュ@ブレイン」の考案者。著書に、『ずるい考え方 ゼロから始めるラテラルシンキング入門』(あさ出版)、『ひらめく人の思考術 物語で身につくラテラル・シンキング』(早川書房)など多数。
オフィシャルホームページ
http://www.soeiken.net/(2016.6.29)
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