全部のトップを下りた昨年
大晦日に得た36年ぶんの気付き
考えてみると昨年はコンサルタント会社、日本販売促進研究所の代表を嫁に譲ったし、中国の会社、想道美留貿易(上海)有限公司は息子に譲ったし、旅行代理業のJSPLトラベルは娘を代表にしたし、サトーカメラは前から兄が社長だし、今までやってきた事業のトップを全部家族に譲った一年だった。今年は家族全員からコキ使われる立場だ(笑)。
でも、嫌な気分はないんだよね。誰かのために働くのが根っから好きな人間だから。そのことを自分でも知ってるから。
なんでかなぁ、いつからこうなんだろうなぁ、と思っていたけど、昨年の大晦日、ブログを書いていて気が付いた。東京で写真専門学校に通っていたときに親父から、「退職者が出て3号店が開けられない。お前やってくれ」と頼まれて地元に呼び戻された、あのときだ! って。
夢なんて別にない、やりたいこともない、自分で自分の存在価値がわからなかった18歳の私は、「何で次男の俺なの?」とか「貧乏くじは俺かよ!」なんていう考えは一瞬も思いつかなかった。ただ単に「俺の出番だ!」と思えた自分がいた。初めて誰かから求められて素直に喜んでいる自分がいた。自分はそっち側の人間だったんだということを初めて意識した。そして戻ってきて頑張った。何も知らないただの高卒のガキが、舐められながら、恥をかきながら、大人にあなどられながら、それでも人に求められるたびに頑張った。好きも嫌いもない、ただ夢中だった。そこには決して楽しい仕事があるわけじゃない、眼の前の仕事を楽しく捉えることのできる自分がいただけだ。
あの気持ちが私の中で、その後も36年間ずっと私を夢中にさせてくれていたということに、大晦日ブログを書いていて気が付いた。そして今、一点の曇りもなく「世のため、人のために働くのが好きだ」と心から言えるようになったことが、本当に嬉しい。
夢を持ったなら戦え
自分に厳しくなれ
誕生日から4日経ったクリスマス25日。学校の先生が対象の勝人塾を初めて開催した。そこで地元の学校の先生から生徒の就職指導の話を聞いた。芸術系の学校だから生徒の希望もちょっと変わっていて、彫師になりたい生徒がいたという。つまりタトゥーだ。それで先生が、就職先の紹介は本人の希望を両親が承諾している必要があると伝えると、生徒は希望を取り下げてしまった。「理解してもらえないと思うから」と。
かわいそうだとは感じる。でも、「子どもが言う夢はその程度」とも思ってしまう。自分が東京にいた頃そうだったからだ。いや、曲がりなりにも夢があるぶん彼のほうがマシだろう。でも、彼が本当に本気で彫師になりたいと思っていたら、両親を説得する前に自分から引いただろうか。
彼がいつかは彫師になるのかどうか、それはわからない。ただ彼の夢が、彼自身にとって、それに挑むプロセスまで含めて夢中になれるものであればいいなぁと思う。
同時に、自分への厳しさを持ち続けてくれるよう願う。自分に厳しければ人にも厳しくできる。それは人に影響を与えられる人間になれるということだ。関わった相手を成長させる人間になれるということだ。そういう人たちを社会は求める。彼らは「材」の字を「財」に変えて「人財が大切だ」なんてしゃらくさいことを言わなくても、行動で他人を導くことができる。職場で本当に評価されるのはそういう人たちだ。
仕事は相手を変えてナンボ
成長を願うなら厳しく指示を
嬉しかったなあ。彼のことをあらためて頼もしく感じたね。年が明けていよいよ本格的にサトーカメラのネクストステージに入った1月に、他のアソシエイトを厳しく指導して本当の意味で彼らを成長させることができる幹部が出てきたんだ。私の嬉しさは想像してもらえると思う。
自己啓発系の本やセミナーで「自分を変える」とか「自ら変わる」とかよく言うけど、私に言わせればあんなのは自己満足なんだよ。仕事は相手を変えてナンボなんだ。「俺はセミナーで変わった!」なんて息まいている人が部下の行動が変わるほど厳しく指導できている例を見たことがあるかい? ないでしょう。指示を出すときもそう。「これ頼む」って言って、部下が「こっちがあるから無理です」って言ったらすぐもう引き下がる。部下のやっているそれが本当に今必要なのか、お客さんや店のためになるのか、確かめることもしない。自分より実力が劣るレベルに合わせて仕事をしている。そうなる理由は簡単で、自ら変わった気になっているだけで、実は相変わらず自分に厳しくできないままだからだ。
なぜ私が自分に厳しくすることにこだわるかというと、私たちみたいな商業者の場合は特にそうだが、人さまの希望を叶えたりお役に立ったりすることが仕事だからだ。お客さんの頼りにならなければいけないときに能力の低い者の基準に合わせて店が機能しなかったら、お客さんへの裏切り行為になる。
またその部下も、ただの高卒のガキのままでいたくないからサトーカメラに入社したわけで、私たちが求めるレベルに彼らが到達するまでは、上司は部下の顔色を忖度するのではなく厳しく指示できるようでなければならない。これはパワハラとは違う。なぜ違うか。相手を本気で成長させるための指示だからだ。
昨年からの流れで今年も、テレビや週刊誌では勘違いした連中がやれパワハラだ、モラハラだ、とうるさく言うだろう。せめて私の連載の読者はそんな声にひるまずにいてほしい。自分に厳しく。部下にも必要ならちゃんと厳しく。そうやって今年の年末にはまた一回りみんなで成長していたいですね。
1月23日~2月28日までの勝人塾
■1月25日とうほく勝人塾IN八戸
https://www.facebook.com/events/700983126967762/
■1月29日にいがた勝人塾IN巻
https://www.facebook.com/events/387309875367636/
■2月7日みやざき勝人塾IN西都
https://www.facebook.com/events/970874306369624/
■2月19日~21日商業界ゼミナール
https://www.shogyokai.co.jp/sseminar_2019/?fbclid=IwAR2i4_n4lLo4wVC55sptElWcHtBSBInNVaptXFnpAb5Dd3S2LASyt_VCZPQ
第6回「ニコニコチャンネル ニッポン勝人塾」(1/28(月)15:00 – 16:00)の告知
vol.27 自分に厳しく。他人にも“ちゃんと”厳しく。
著者プロフィール
佐藤 勝人 Katsuhito Sato
サトーカメラ代表取締役副社長/日本販売促進研究所.商業経営コンサルタント/想道美留(上海)有限公司チーフコンサルタント/作新学院大学客員教授/宇都宮メディア.アーツ専門学校特別講師/商業経営者育成「勝人塾」塾長
経 歴
栃木県宇都宮市生まれ。1988年、23歳で家業のカメラ店を地域密着型のカメラ写真専門店に業態転換し社員ゼロから兄弟でスタート。「想い出をキレイに一生残すために」という企業理念のもと、栃木県エリアに絞り込み専門分野に集中特化することで独自の経営スタイルを確立しながら自身4度目となるビジネスモデルの変革に挑戦中。栃木県民のカメラ・レンズ年間消費量を全国平均の3倍以上に押し上げ圧倒的1位を獲得(総務省調べ)。2015年キヤノン中国と業務提携しサトーカメラ宇都宮本店をモデルにしたアジア№1の上海ショールームを開設。中国のカメラ業界のコンサルティングにも携わっている。また商業経営コンサルタントとしても全国15ヶ所で経営者育成塾「勝人塾」を主宰。実務家歴39年目にして商業経営コンサルタント歴22年目と二足の草鞋を履き続ける実践的育成法で唯一無二の指導者となる。年商1000万〜1兆円企業と支援先は広がり、規模・業態・業種・業界を問わず、あらゆる企業から評価を得ている。最新刊に「地域密着店がリアル×ネットで全国繁盛店になる方法」(同文館出版)がある。Youtube公式チャンネル「サトーカメラch」「佐藤勝人」でも情報発信中。
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