「現在アスクルは、東北の仙台、首都圏に埼玉、東京、横浜の3カ所、名古屋、大阪、福岡と全国の主要拠点7カ所に大規模な物流センターを建設し運営している。なかでも埼玉県にある「アスクルLogiPARK首都圏」の延べ床面積は約7万2000㎡、7万アイテムを取り扱う大規模な最新の物流センターである。これを自前で揃えるために、アスクルは土地の購入、物流センターの建設、物流センター内の物流機器に、約200億円の設備投資を行っている。」(p62)
稼働開始は2013年ですから、同施設は最新の防火設備を備えていたはず。にもかかわらず、火は28日に鎮火するまで12日間も燃え続け、焼損範囲は東京ドームとほぼ同じ約45000㎡、損害額は121億円に上ったそうです。2月後半は続報が流れてくるたびに「えっ、まだ燃えてるの!?」と驚いたものでした。著者も本書執筆時点では、まさか今書いているこれが半年後に燃えるとは、思いもしなかったでしょう。
著者の齊藤実氏は物流・ロジスティクス関連の総合シンクタンクである日通総合研究所で内外の調査プロジェクトに従事してきた人物。現在は神奈川大学で物流論・交通論を講じています。折しも春先からヤマト運輸とアマゾンが取引内容の見直しをめぐる“仁義なき戦い”に突入し、かつてないほど一般消費者に近いところで「運ぶ側か、運んでもらう側か」の主導権争いを繰り広げている今、物流業界誌元記者いわく「業界では主要な識者」の書いた本書は一読の価値ありです。
著者が書く通り、私たち一般の消費者は、従来、(自分が荷物を送るとき以外)商品の輸送についてあらためて意識することはありませんでした。価格1050円の服が送料手数料を入れて1750円になるのは詐欺だとツイートした通販サイトのユーザーが当のサイトの社長から正論で批判されたのはその象徴です。冒頭で引いた第二章第三節の見出し「自家物流か、外部委託か」も、何のことかわかるようなわからないような、いまいちピンと来ない人が大半でしょう。その理由になるはずの日本特有の事情が88ページに書かれています。
「わが国の商習慣では、売る方が自らの責任で買う方に商品を届けるのが一般的である。「庭先渡し」や、さらに「店着価格制」と呼ばれているが、‥略‥商品の価格は配送料込みの価格であるから、買う方に配送料を別途請求しない。‥略‥ネット通販での送料無料は、これと同様の商習慣であると考えることができる。」
つまり日本はグロス文化だということです。何でも“込みこみ”でやってきた。川上(元締め・親)が川下(傘下企業や専属取引先)を抱えて利益も按分して平等に栄えていくアジア=ポリネシアン的な経済(vol.23ラスト参照)の時代はそれでよかったですが、川上も川下も一様にグローバル競争にさらされて余裕がなくなり「うちもうちでそれなりにかかるんだよね」となってきた今、グロス文化で回してきた経済のあり方を、ネット文化でも回せるよう変えていく必要があるはずです。
なのに消費者に対しては“気前良さそうな雰囲気”を商品力にしてグロス文化的に売るから無理が生じる。低運賃にあえぐ運送会社の問題も、海外とは逆に荷主側が圧倒的に強い物流業界の構造的問題も、原因はそこにあると思います。
いっそBtoCビジネスが全業界いっせいに――グロス文化“的に”ではなく――グロス文化“で”商売をしたらどれだけ市井が潤うか。社会実験的な意味からも見てみたいと思うのは、評者だけでしょうか。そのときには、例えば送料手数料を入れると1750円の服は、現状しわ寄せを被っている業界の取り分を入れて2250円にはなるでしょう。それで市井を潤わすには、経営者が新たな取り分を内部留保せず、従業員の雇用や賃金の底上げに使うことが条件ですが。またBtoBビジネスにおいては、川上の元締めと川下の取引先の間でグロス文化が復活する必要がありますが。
一冊の本からそんな社会変革の妄想さえふくらむのは、国内経済において物流ビジネスが大きな影響力を秘めていることの表れだと思います。業界の知識がある人はともかく、「送料無料」を異常と思わなくなった2017年現在の日本の一般消費者こそ読むべき一冊。お勧めです。