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一読して、ここまで担当編集者と著者のタッグ感が出ている書籍も珍しいと感じました。編集者が「私や後輩の世代に向けたメッセージをばーんと」と声をかけてきたという感じや、また、取材先の大企業の新人研修の話に一緒に行った編集者が思わず示した反応を描くところなど、タッグを組む者同士のつながり感が濃いのです。
 
本書はミシマ社とインプレスという2つの出版社が共同で起ち上げた「しごとのわ」レーベルの第2弾。著者の神吉直人氏は関西の私立大学の経営学部准教授。担当したミシマ社の編集者とは以前からの知人だそうで、著者は「ミシマ社も中小企業です。一〇人ほどの規模で~」と紹介する文章を「このような会社で働くことには、やりがいがあるだろうと、外から見ていて思います」と結んでいます。評者も「このようなタッグ感で本をつくることには、やりがいがあっただろう」と、読んでいて思いました。
 
本書の第1章は「今、中小企業で働くって、どういうことだろう?」という節見出しで始まります。そして中小企業の定義、総企業数にしめるその割合、比較対象としての大企業勤めのメリットと依然として強い大企業信奉、しかしその根拠は意外に薄い、といった話が続き、中小企業勤めには一般論で見えてこない良さがあると結論します。
 
その最大の良さは「大企業よりも早くから、責任ある仕事を幅広く体験できる可能性がある」こと(p34)。ここで終わればよくある中小企業礼賛ですが、本書はそれらの良さを享受できるようになるために読者が何を意識・実践すればいいかまで説いていくところが素敵です。著者の専門である経営組織論の学説や研究成果を下敷きにし、平易な語り口で見出しも多い。中小企業に就職して1年目の「ぼく」を登場人物に設定したところなども読みやすく、新卒で中小企業に就職して働きはじめたばかりの人や、これから就活の方針を探そうとしている学生たちの参考になると思います。
 
ただ、1つだけ、どうにも拭えない危うさも読みながら感じていました。「働くって、どういうことだろう?」というそもそもの問いが抜かされている気がしたのです。そこのところは他の本に譲ったのだろうかと思いつつ、でも、このそもそもの問いとセットでないと、他の話に説得力が出ないのじゃないか。それこそ、たまたま見かけた他の人のツイート――この時期になると沸いてくる就活ランキングとかマジ不毛だな。個人的な意見としては、業務内容も場所も上司も選べない新卒採用という情報の非対称性の高いレールにのるのであれば割り切って待遇がいいところを上から順に受ける以外の選択肢なんてないと思うぞ。@kaminoriben・2017/3/21――のほうが、説得力としては勝ってしまうのじゃないか・・・。
 
そう危惧していたら、全部読み終えた後で見た折り込みの透かし紙に、それらしい問いと答えがありました。「しごとのわ」レーベルに共通で入っているもののようで、どの著者と組んでも変わらないレーベルの基本思想を示したであろうこの紙は、レーベルから各読者に送られた一種の手紙なのだと思います。
 
「仕事を語るとき、大切にしたいもの。/点ではなく、輪であるか、どうか。/たとえどれほどちいさな輪であっても、点ではなく、輪でありたい。/そのちいさな の中を塗りつぶさんばかりに、思いをこめて動きつづける。‥略‥仕事と生活、過去と未来、わたしとあなた、を切り離さないこと。/仕事を通じて、輪が小さくなったり、大きくなったり、何重にもなったり、充実し、成熟していくこと。/こうした「わ」を、「しごとのわ」と呼ぶことにしよう。」
 
この紙を見るまでは、働くことの哲学について、例えば宮台真司さんの『14歳からの社会学』第4章〈理想〉と〈現実〉を一緒に読んだほうがいい、とか、オーウェルの『パリ・ロンドン放浪記』のような、働くことの凄みが描かれた本も(せめてチャプター22だけでも)読んでおくべきだ、とか思っていましたが、考え直しました。
 
それらの凄みはなくても、「働くって、どういうこと?」という問いは、ちゃんとこの紙で発せられていると感じたからです。しかも、あえてなのか、放っておいてもなくならない綴じ込みではなく、大事にされないとどこかに行ってしまう折り込みで。
 
“あ、これ、手紙だ”と思った所以です。
 
(ライター 筒井秀礼)
『小さな会社でぼくは育つ』
著者 神吉直人
株式会社インプレス
2017/2/1初版発行
ISBN 9784295000648
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価格 本体1500円
 
 
(2017.4.12)
 
 
 
 

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