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コラム 京大教授が“切る”現代経済 vol.12(最終回) 行動経済学が描く新しいココロの世界 京大教授が“切る”現代経済 京都大学大学院経済学研究科教授/経済学博士 依田高典

コラム
読者の皆さん、こんにちは。京都大学大学院経済学研究科教授の依田高典です。この連載は私の専門とする行動経済学—ココロの経済学—の知見をもとに、現代経済の中のちょっぴり気になる話題を取り上げて、その背後に潜む経済メカニズムを、読者の皆さんと一緒に考えてきました。今回はいよいよ最終回。第12回目は、行動経済学が経済学をどう変えようとしているのかについて考えてみたいと思います。
 
 
再びノーベル賞の栄冠が行動経済学に
 
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人間は知恵の実であるリンゴを食べてエデンの園を追放された。
「そのことを責めるより、ココロのクセを抱きしめて生きよう」
というのが行動経済学の一つのメッセージだ。
2017年10月9日、ビッグニュースが飛び込んできました。スウェーデン王立アカデミーは、2017年のノーベル経済学賞(ノーベル記念スウェーデン国立銀行経済学賞)を、行動経済学を発展させた貢献で、シカゴ大学教授リチャード・セイラーに授与することを発表しました。
 
リチャード・セイラーの受賞を伝えるノーベル財団のホームページ
https://www.nobelprize.org/nobel_prizes/economic-sciences/laureates/2017/
 
行動経済学分野の受賞となると、過去には、2002年のダニエル・カーネマン、2013年のロバート・シラーについで、3人目ということになります。セイラー教授にとっては、言わば3度目の正直。
 
今、このタイミングで、セイラー教授の単独受賞を予想した人はほとんどおらず、ノーベル財団の意図をいぶかしく思う専門家も少なからずいます。私自身、セイラー教授の受賞には異論がないものの、例えば、行動経済学と脳科学との融合を進めた「ニューロ・エコノミクス」や現実の生活の中でランダム化実験を行う「フィールド実験」との共同受賞であったならば、もう少し、新しい学問分野の息吹が伝わったように思います。
 
しかし、所詮は外野の感想にすぎません。本連載でも、何度も取り上げた「ナッジ」の提唱者であるセイラー教授の受賞を素直に喜びましょう。
 
 
進化心理学からみた合理性
 
セイラー教授には、私にも思い入れがあります。1990年、私が大学院に入学した年の4月、最初のゼミの発表で選んだ論文が、セイラー教授の時間選好上のアノマリーに関するものでした。それから、30年。私なりに、思索を深めてきた研究課題があります。
 
人間にはなぜ限定合理性が備わっているのだろう」。
 
人間は、理性だけで行動する合理的な存在ではありません。むしろ、時には感情に揺らぎ、わかっていても非理性的な行動や選択が止められない限定合理的な存在です。現在性を特に重視する「現在性バイアス」や確実性を特に重視する「確実性バイアス」が知られています。そうした感情やバイアスが種や個体の生存に不利であったならば、進化の途上で淘汰されてきたはずです。感情やバイアスを単に不合理なものと切り捨てることができない深い理由があるのではないか。私は、そんな考えがずっとぬぐえずにいました。
 
資本主義の歴史は、産業革命以降、たかだか300年。それ以前の世界を想像してください。暗い夜道を歩けば、禽獣に襲われて重傷を負う。重い病気にかかれば、はかなく命を落とす。そんな非文明の時代、一度の油断が、文字通り、命取りになったことでしょう。
 
そんな人間が、過剰に現在性や確実性を重視したのは、そういったココロのクセを持ったタイプのほうが生存に有利だったからとも考えられます。進化の立場から、ココロを研究する学問を「進化心理学」と呼びます。進化心理学から見れば、現在性バイアスも、確実性バイアスも、非文明の時代にあっては、それなりに合理的だったのです。バイアスは、我々、人間が進化するうえで、遺伝子の中に深く刻まれてきた形質だと言うことができます。
 
ジョン・H. カートライト (著), John H. Cartwright(原著), 鈴木光太郎(翻訳), 河野和明(翻訳)(2005)『進化心理学入門』新曜社
http://amzn.asia/eV6plBO
 
しかし、文明の時代になると、夜の暗闇の危険は、人間が環境をつくりかえることによって克服されました。感染症にかかっても、抗生物質で治癒することが可能になりました。そうなると、現在性バイアスも、確実性バイアスも、邪魔になります。にもかかわらず、環境の変化に比べて、遺伝子の変化はずっとゆっくりとしたものなのです。
 
 
秘密は時間の非可逆性にあり
 
現代人の生き辛さの秘密がわかってきたのではないでしょうか。非文明の時代は、人間は、過去から未来に流れる「時間の矢」に支配されてきました。つまり、一度の大きな失敗を取り返すことができないから、現在性にしがみつき、確実性にすがりつくしかない。しかし、文明がそんなココロのクセを陳腐化してしまいました。
 
ケガや病気から復活できるやり直しの利く世界。私たちは、部分的ながら、時間の矢の束縛から逃れることができるようになりました。そうなると、確率的に最適化を目指す「ホモエコノミカス」の合理性が重要になります。感情やバイアスに揺らぐ人間は、競争に勝てず、出世もかなわない愚か者ということになります。
 
しかし、どんなに頭でわかっていても、感情は遺伝的に埋め込まれた本能の呼び声です。目の前に好物があれば、ついつい手が出てしまいます。わかっていても止められません。進化心理学では、「エデンの園追放仮説」と呼ばれる考え方があります。人間は、「エデンの園」を追放され、理性と感情の間で常に苦しむ存在になってしまったのです。
 
人間の非理性的な側面を非合理的とみなす一方的な見方を捨てましょう。感情やバイアスにも、進化心理学的な必然性があります。それを抑圧すれば、いずれ、ココロの風邪を引いてしまいます。自分のココロのクセを抱きしめて、できる範囲で許容しながら、長い目でより良い人生を求めていく。自分にも他人にも寛容な社会を目指す。それが、行動経済学が教えてくれる人生観です。ココロを楽にして、未来志向で生きていきましょう。
 
京大教授が“切る”現代経済
vol.12(最終回) 行動経済学が描く新しいココロの世界

 著者プロフィール  

依田 高典 Takanori Ida

京都大学大学院経済学研究科教授/経済学博士

 経 歴  

1965年、新潟県生まれ。1989年、京都大学経済学部卒業。1995年、同大学院経済学研究科を修了。経済学博士。イリノイ大学、ケンブリッジ大学、カリフォルニア大学客員研究員を歴任し、京都大学大学院経済学研究科教授。専門の応用経済学の他、情報通信経済学、行動健康経済学も研究。現在はフィールド実験経済学とビッグデータ経済学の融合に取り組む。著書に『ネットワーク・エコノミクス』(日本評論社)、『ブロードバンド・エコノミクス』(日本経済新聞出版社。日本応用経済学会学会賞、大川財団出版賞、ドコモモバイルサイエンス奨励賞受賞)、『次世代インターネットの経済学』(岩波書店)、『行動経済学 ―感情に揺れる経済心理』(中央公論新社)、『「ココロ」の経済学 ―行動経済学から読み解く人間のふしぎ』(筑摩書房)などがある。

  Googleホームページ  

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(2018.02.07)
 

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