読者の皆さん、こんにちは。京都大学大学院経済学研究科教授の依田高典です。この連載では私の専門とする行動経済学—ココロの経済学—の知見をもとに、現代経済の中のちょっぴり気になる話題を取り上げて、その背後に潜む経済メカニズムを、読者の皆さんと一緒に考えていきたいと思います。第7回目は、消費者の気になる情報を提供して、スマートに節電する方策を考えたいと思います。
成功した節電支援サービス
導入が待たれるスマートメーター。
写真は三菱電機製品(出典:三菱電機株式会社)
2016年4月から始まった電力小売の全面自由化。今まで、家庭のような小規模の需要家は、地域の電力会社からしか、電力を買うことができませんでした。しかし、自由化以降、どの需要家も、好きな電力会社と契約を結ぶことができるようになりました。そんな中で、家庭向け節電支援サービス会社として異彩を放っているのが、アメリカ生まれのベンチャー会社で、Opowerです(Opower は2016年5月にOracleが買収しました)。「
行動型デマンドレスポンス」というサービスを手がけ、アメリカの大手電力会社や日本の東京電力とも、協力してサービスを展開しています。
“行動型デマンドレスポンス”を実現、東京電力が提携する米ベンチャーの実力
http://www.itmedia.co.jp/smartjapan/articles/1601/28/news053.html
Opowerは、電力会社の顧客の電力使用量データを解析し、各顧客に対して電力使用量や省エネのアドバイスを行います。例えば、顧客ごとに、「あなたの家庭は同じ家族構成の世帯の平均より電気料金が高い」とか、「エアコンの温度を2度あげるとこれくらい電気料金が削減できる」といったメッセージを、顧客に合わせて、Web・メール・郵送等、最適な方法で通知します。アメリカでは、Opowerのサービスを導入した電力会社は、平均して、顧客の電力使用量を2~3%削減することに成功したと言います。
Opowerの成功の鍵はどこにある?
行動経済学では、人間の合理性は限定的であり、どの選択肢を選ぶかは、選択肢の“与えられ方”によって左右されます。内容は同じであるにもかかわらず、人々の選択が変わってくるのです。これを、行動経済学では、「
ナッジ(気付き)」と呼びます。
ナッジとしてよく用いられる例ですが、オランダのアムステルダムの国際空港では、男子トイレの小便器の排水溝付近に、ハエの絵が描かれています。そうすると、男性たちはハエの絵を狙って、用を足すので、飛び散りが80%減ったと言います。
それでは、どのように人間の良心である「内的動機」に訴えかけて、節電行動を引き出すことができるのかを考えてみましょう。
第一の促進策は、「
社会的な情報提供」です。あなたの社会的行動が、いかに世の中にとって大切か、どれほど社会のために役立つかをわかりやすく伝えるのです。例えば、一軒一軒の家庭が、電力が足りないピーク時間に、エアコンの設定温度を3度上げて、社会全体でどれだけの節電になるかをわかりやすく訴えます。
第二の促進策は、「
社会的なプレッシャー」を与えることです。第一の促進策とは逆に、社会的行動がなぜ必要なのかを説き、社会的行動をとるように強く説得することです。例えば、具体的な節電の数値目標を各需要家に伝えて、遵守することを求めるのです。
第三の促進策は、家庭の行動を「
社会ランキング化」し、相互に比較することです。人間は社会的動物なので、社会的に比較されることに敏感であり、他者よりも多くの社会的貢献をしている場合は優越感を、他者よりも社会的貢献が少ない場合は劣等感を感じます。Opowerは、電気料金の請求書の中で、「社会ランキング」を提供したところ、節電を引き出すことに成功したのです。
第四の促進策は、自分が社会の中でどのように認知されているか、そういった「
社会的イメージ」を変えることによって、社会的行動を引き出すことです。頑張って節電したことを、コミュニティの回覧板やニュースで、実名入りで取り上げられれば、自尊心が満たされ、より一層、社会的行動に勤しむでしょう。
ビッグデータ時代に広がるナッジの可能性
それでは、今、話題の「
ビッグデータ」に話題を移しましょう。センサー技術が発展し、インターネットとの接続が、ヒト・モノを問わず、拡大しています。これを、「
モノのインターネット(IoT)」と呼びます。スマートメーターは、家庭が使った電気消費量の情報を、無線を通じて、電力会社やデータ会社のサーバーに自動転送するIoT技術の一種です。電力会社は、小売全面自由化に伴い、2020年代初頭には、全国5000万世帯にスマートメーターを導入することを宣言しています。
全世帯にスマートメーターが導入され、30分毎の電気消費量が自動収集されるようになれば、まさにビッグデータです。消費者・電力会社・家電メーカーなどが、電気消費量をもとにして、新たな節電対策を考案したり、遠隔操作可能なスマート家電の開発を競ったりするようになるでしょう。
依田高典、田中誠、 伊藤公一朗 (2017) 『スマートグリッド・エコノミクス -- フィールド実験・行動経済学・ビッグデータが拓くエビデンス政策』有斐閣
http://amzn.asia/0ngpIsk
前回、説明した私の節電実験は、IoTを活用したビッグデータの有効利用の代表的な事例です。しかし、データを収集・分析し、価格やナッジを実験参加者に提供しても、それを受け止め、判断し、行動するのは消費者側の自発的意思に委ねられました。これを、私は「
マニュアル・デマンドレスポンス」と呼びました。
人間の合理性には限界があり、与えられた情報に対して、どれだけ有効に反応できるのか、疑問が残ります。自動化技術を援用して、電力会社のサーバーや家庭の家電製品の側で、最適な節電行動を自動的に実現してくれるスマート化が求められています。これを、私は「
オート・デマンドレスポンス」と呼んでいます。マニュアルからオートに向かうスマート化に筋道を付けることが、これからの課題です。
京大教授が“切る”現代経済
vol.7 ナッジを活かしてスマートに節電しよう