ビッグデータが切り拓くダイナミック・プライシング
こうした流れにいち早く敏感に反応したのが、代表的シェアリング・エコノミーである民泊の米Airbnb(エアビーアンドビー)です。Airbnbは、一般人が自宅の一部を宿泊者に貸し出す仲介業者ですが、その宿泊料金は日々集まるビッグデータを人工知能の一種である機械学習で処理して、価格と需要の関係である「価格弾力性」を予測し、利益が最大になるように決められるそうです。このように、リアルタイムに変動する需給条件を反映した価格のことを「ダイナミック・プライシング」と呼びます。
ダイナミック・プライシングの導入では、日本も負けていません。私が見つけたサイトには、とても興味深い事例が紹介されていました。Yahoo!と福岡ソフトバンクホークスは、2016年シーズンに「福岡ヤフオク!ドーム」で開催される試合の観戦チケットの一部を対象に価格の最適化に取り組んだそうです。
ビッグデータで最適値付け 高くても顧客が納得する価格を弾き出す
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/15/226265/030800097/?n_cid=nbpnbo_twbn
記事によれば、ダイナミック・プライシングの算定根拠となるのは、
(1)過去にその席が「福岡ヤフオク!ドーム」5万席の中で何番目に購入されたのか
(2)現在の対象のチケットの売れ行き
(3)天候やホークスの順位、相手チーム、開始時刻や曜日
だそうです。日本企業もなかなかやるものです。こうした取り組みが広く共有されていくと、ビッグデータ時代のビジネスも変貌していくことでしょう。
東日本大震災後に行われたスマートグリッドのフィールド実験
実は、ダイナミック・プライシングには、優れた先行研究があります。その陣頭指揮をとったのが、他ならぬ私です。研究グループは、東日本大震災後の電力危機を受け、節電の「フィールド実験」に取り組みました。経済産業省のプロジェクトの一環として、京都府南部「けいはんな学研都市」で展開した「スマートコミュニティ・プロジェクト」の中で、2012年夏期と2013年冬期の2度、実験が実施されたのです。
節電要請は有効だが長続きしない! 東日本大震災後のけいはんな学研都市のフィールド実験
http://www.kyoto-u.ac.jp/ja/research/research_results/2016/170322_3.html
フィールド実験では、リアルタイムに各家庭の電気の使用量を把握できるよう、参加する約700世帯全てにスマートメーターとホームエネルギーマネジメントシステム(HEMS)を無料で設置しました。その後、参加世帯をランダムに、節電要請のみを行うグループ、ダイナミック・プライシングを導入するグループ、どちらも行わないコントロール・グループへ割り当て、時間帯別電力使用量のデータから、コントロール・グループと比較して節電要請グループ、ダイナミック・プライシング・グループの電力利用量がどれだけ低かったかというピークカット効果を計測しました。
節電を勧める働きかけ方によって節電効果が持続するかどうか分析したところ、初回の夏期の節電要請は8%の効果があったものの、すぐに効果が落ち、「馴化(介入に慣れて効果が減衰すること)」していることがわかりました。他方で、ダイナミック・プライシングを導入すると、一貫して17%の効果が持続しました。価格の力は強いのです。
ダイナミック・プライシングは消費者利益にかなうのか?
この価格設定のツボは、企業が一人ひとりの支払価値に応じて価格を差別化していないことです。しかし、ビッグデータの時代に、ユーザーの過去履歴を解析して、一人ひとりに差別化したダイナミック・プライシングを適用したらどうなるでしょうか。つまり、企業が、ユーザーAには300円、ユーザーBには200円、ユーザーCには100円で商品を提供するのです。この時、3ユーザー共に、商品を購入しますが、全てのユーザーの余剰はゼロとなります。つまり、消費者の余剰を、企業が全て利益として刈り取ってしまうのです。こうした価格設定を「完全価格差別化」と呼びます。
このように考えると、ダイナミック・プライシングは、たくさんの商品が売り買いされるという経済効率性の観点でメリットを持ついっぽうで、消費者が余剰を得るという消費者利益の観点でデメリットを持つようです。一つの対策は、消費者がグループとして、企業に対して価格交渉したり、政府が消費者に対して適用される標準的価格を明らかにする義務を企業に課したりすることでしょう。ダイナミック・プライシングがこれからどうなっていくか、見守りたいと思います。
vol.6 ダイナミック・プライシングは消費者の味方か
著者プロフィール
依田 高典 Takanori Ida
京都大学大学院経済学研究科教授/経済学博士
経 歴
1965年、新潟県生まれ。1989年、京都大学経済学部卒業。1995年、同大学院経済学研究科を修了。経済学博士。イリノイ大学、ケンブリッジ大学、カリフォルニア大学客員研究員を歴任し、京都大学大学院経済学研究科教授。専門の応用経済学の他、情報通信経済学、行動健康経済学も研究。現在はフィールド実験経済学とビッグデータ経済学の融合に取り組む。著書に『ネットワーク・エコノミクス』(日本評論社)、『ブロードバンド・エコノミクス』(日本経済新聞出版社。日本応用経済学会学会賞、大川財団出版賞、ドコモモバイルサイエンス奨励賞受賞)、『次世代インターネットの経済学』(岩波書店)、『行動経済学 ―感情に揺れる経済心理』(中央公論新社)、『「ココロ」の経済学 ―行動経済学から読み解く人間のふしぎ』(筑摩書房)などがある。
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https://sites.google.com/site/idatakanorij/
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