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「はじめに」の巻頭第一言にダグラス・アダムスのSF小説『銀河ヒッチハイク・ガイド』が引用されていて、「おぉっ!?」となりました。そして読み終えた今、古典的な思想書だなぁ、という印象を感じています。
 
ここで言う「古典的」とは内容が古典的という意味ではありません。読者に対しての役回りが古典的だという意味です。
 
この点に関し評者は、出会った最初期の頃に「この本知ってるか?」と『銀河ヒッチハイク・ガイド』を勧めてきた大学時代以来の友人を思い出します。彼は『スタートレック』のファンで、『噂の真相』の愛読者兼コレクターで、『北野誠のサイキック青年団』の熱心なリスナーで・・・とここまで書けば、わかる人にはわかるある種の人物像が浮かぶと思いますが、実はこの像は特定の人物のそれではなく、青年が大人に成熟していく際にかなりの割合で出会い、通過する普遍的社会観・人生観の象徴です。
 
「思想」とは何か定義せよと言われたら、評者は、「青年期にある種の物の見方、考え方にかぶれることによってその後の人格形成に一定の知性と厚みが加わることを保証する何ものか」と答えますが、この意味において本書は「思想」の書たらんとしていると思います。また、この役回りを典型的に演じることができるという自信を感じさせる点で、古典的――あるいは正統派――です。
 
「日本はもっとお金についての教育を子どものうちからするべきだ」と言われます。それを受けて小学生のうちから金融教育を義務化する議論も出ていますが、中学か高校ぐらいになれば本書に“かぶれる”のもいいと思います。
 
帯の大文字のキャッチコピー――「もう、稼ぐためには働かない。」――の真意は何か。立ち行かなくなった中小企業は店を閉じたほうがいいのはなぜなのか(p122~127)。会社法において社員とは株主のことを指し、従業員は什器と同じ扱いであるという事実(p78~83)。いっそすべての労働者を派遣社員にしてはどうかと言える理由(p227~230)等々。
 
従業員は什器と同じというのはほとんど哲学的な思索を惹起します。帯のコピーの真意については「ピケティのr>gのことだな」とピンと来る人も多いと思いますが、確かにそれも触れられていますが、著者はもっと大元の要素に遡っていることが272ページ以降でわかります。そしてその遡り方がいかにも「思想」の書らしい飛躍で、高校生ぐらいになればこういうロジックは大好きなはず。ぜひ、オイシイところだけつまむのではなく、各内容のバックグラウンドまで思いを致しながら読んでほしいと思います。
 
そして実は、評者は小飼氏の著書は初めてだったのですが、思想的傾向が自分と近い人なのかなと感じました。試みに、評者が連想した各内容のバックグラウンドないし問題意識を挙げてみます。上が本書の該当箇所、下がバックグラウンドです(太字は原文ママ)。
 
〇これほど私たちを悩ませるお金の正体とは何なのか? もったいぶらずに答えを先に言ってしまえば、お金の正体とは「共同幻想」です。(p4)

岩井克人の貨幣論
 
〇組織が大きくなればなるほど、お金の借りっぱなしは貸し手から認められやすくなります。‥略‥借りっぱなしが認められている一番大きな規模の組織とは、何を隠そう政府です。(p49)

MMT理論、ケインズ理論
 
〇教育に投資して本当に利益が上げられるのか。‥略‥貸し手側からすれば、今でも教育投資は「おいしい案件」だという見方もできます。‥略‥学費を無償化しても後で税金として返してもらえるのですから。‥略‥日本政府は、日銀を通じて上場投資信託(ETF)を買い支えていますが、伸び悩んでいる企業の株を買うより、教育に投資したほうがはるかに割が良いことを理解すべきでしょう。(p58~60)

「シカゴ大学のマイケル・グリーンストーンらの研究によると、株式や債券などへの金融投資から得られる平均的な利回りは、大学進学への投資から得られる利回りに遠く及ばず、私たち自身が高度な教育を受けることよりも有利な投資先を見つけることは極めて難しいという。」*1
 
〇1つ確実に言えることは、日本企業において労働者が搾取され続けている理由の1つは、労働者が自分たちでリーダーを選んでこなかった、あるいは育ててこなかったから。(p115)

E・トッドの家族構造論。「この党(評者注;自由民主党)は、国家と同様、もしくはそれ以上に日本の社会生活の中心に位置する産業グループである複数の大財閥に様々なかたちで繋がった派閥の集合なのである。‥略‥したがって最も根本的な権威の構造は政治の領域を離れ、経済的な分野に置き替えられた。人々の忠誠心は‥略‥日本の場合は企業と結びつくのである。しかしそこにあるのはやはり同じ権威主義家族構造によって生み出された同じ規律の精神なのである。」*2
 
〇コロナウイルスショックで飲食店が次々とつぶれていった様子は、見ていて本当に辛かったですが、それでもこれらの会社を政府が救済すべきかと言われれば、否と答えざるをえません。(p130)
〇相続税を100%にするという手もあります。相続税100%というと反発する人も多いでしょうし、生前贈与が増えるだけだと思われるかもしれませんが、それはそれでプラスの効果があります。(p253)

小欄vol.74『コロナが加速する格差消費 分断される階層の真実』への評
 
ちなみに本書307ページには、国際NGOのオックスファム(Oxfam)の報告として、「世界で最も裕福な26人が、世界人口のうち所得の低い半数にあたる38億人の総資産と同額の富を握っている」と書かれています。6年前の2015年1月に小欄vol.7で同じくオックスファムを引いた評者としては、「おお、オックスファムだ」と思い出したのと同時に、当時は「2010年388人→2015年80人」という推移だったのが、今や26人! とビックリしました。いっぽうで、アメリカの富裕層上位50人の資産が昨年年初から9ヶ月と少しで3390億ドルも増えたことをBloombergが報道していた*3ので、さもありなんか、とも。
 
しかし、ここまで来るとさすがに、いくら何でも駄目でしょう。「所得の再配分」という国家機能を国がスポイルし過ぎでしょう。そして著者によれば日本も同じ状況になっている様子。本書Part4(第4章)は丸々その詳述です。
 
174ページには、2014年にOECDから、「富める者が富めば貧しい者にも富が行き渡る」とするトリクルダウン理論を否定するレポートが出たことも書かれています。トリクルダウンはアベノミクス(とそれを継承するスガノミクス)のベースになった理論です。ということは何を意味するか――。
 
――こんなことを考えるのも、衆議院の解散総選挙がささやかれているせいでしょうか。その関連でも参考になる本だと思いました。お勧めです。
 
 
 
*1 『原因と結果の経済学 -データから真実を見抜く思考法』(中室牧子・津川友介著・2017年・ダイヤモンド社)p123
*2 『世界の多様性 ―家族構造と近代性』(エマニュエル・トッド著・荻野文隆訳・2008年・藤原書店)p132
*3 「米金持ちトップ50人の資産2兆ドル、下位50%の1億6500万人分に匹敵」(2020/10/9 14:50 Bloomberg)
 
 
 
(ライター 筒井秀礼)
『小飼弾の超訳「お金」理論』
著者 小飼弾
株式会社光文社
2021年1月30日 初版第1刷発行
ISBN 9784334951818
価格 本体1500円
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(2021.4.14)
 
 
 

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