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ドアツードアで片道2時間

 
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Yoshitaka / PIXTA
全国で感染症の第七波が猛威をふるっているが、今回のパンデミックでは副産物でリモートワークが普及した。その延長上に都心部の企業のオフィステナント解約ラッシュや、郊外ないし地方への本社移転ラッシュ等があるわけだが、人の側でもある動きが起きており、行政も自治体に補助金まで出してそれを促している。その動きとは何か。「移住」だ。
 
行政が考える移住は東京一極集中を是正するための“東京から地方へ”のそれを差すことを、ひとまず受け入れてみる。コロナ禍を機に東京23区を転出した人たちが最も多く向かった先は神奈川県の茅ケ崎市だ*1。筆者も先日、江東区から移住した友人を訪ねて茅ケ崎まで行ってきた。電車を乗り継いでドアツードアで約2時間。玄関に立ち、リモートワーク続きでそろそろ出不精が面相にも現れ出ている友人を日の下に連れ出し、一日相模川河口で釣り糸を垂らしたわけだが、それはさておき――。
 
あなたがもし、お上の意図に関わらず自由に行動したい人物ならば、移住ももちろんいいが、「二地域居住(二拠点居住)」、あるいは「関係人口」という選択もありだ。
 
 

移住と関係人口

 
関係人口の定義について、総務省の「関係人口ポータルサイト」は「移住した『定住人口』でもなく、観光に来た『交流人口』でもない、地域と多様に関わる人々を指す言葉」としている。
 
また、内閣府の「地方創生」サイト内、> 人の流れをつくる > 関係人口の創出・拡大のページで総務省とリンクを並べる国土交通省は、今年4月の報告書*2で関係人口を訪問系と非訪問系に分け、前者を「日常生活圏、通勤圏、業務上の支社・営業所訪問等以外に定期的・継続的に関わりがある地域があり、かつ、訪問している人(地縁・血縁的な訪問者を除く)」としている。
 
総務省の定義はふわっとして甚だ曖昧だが、「ライフスタイルの多様化と関係人口に関する懇談会」で座長を務める明治大学農学部教授の小田切徳美氏によれば*3、最初にこの語が使われ始めた2016年当時の意味合いにはむしろこちらが近い。もともとは「関心人口+関与人口=関係人口」という定義で非訪問系の人たちもそのまま含んでいた*4。その後、地方移住を進めたい行政の文脈で「関与(=訪問系)」の面が強調されたきらいはある*5
 
しかし、それこそ自治体がメタバース空間で自地域(例:「バーチャル茅ケ崎」)を運営すれば、来訪者は非訪問系だろうか、訪問系だろうか。オンラインで地域のファンを増やす未来も想定するなら、元のニュアンスも大事にしたほうが発想の幅は広がるだろう*6
 
 

関係人口と二地域居住

 
とはいえ目下の課題は訪問系の関係人口をどう地域に呼び込むかだ。国交省の別の資料によれば、コロナ禍前の時点ですでに、三大都市圏の18歳以上居住者(約4,678万人)のうち約18%、約861万人が、関係人口として日常生活圏、通勤圏等以外の特定の地域を訪問している。三大都市圏以外でも、18歳以上の居住者(約5937万人)のうち約16%(約966万人)が、関係人口として同様に特定の地域を訪れている*7
 
この計約1827万人が、分類上5つのタイプに分かれる。地域で産業を創出する、町づくりプロジェクトの企画や運営に協力する、朝市等に出店する、ボランティアに従事する等の「直接寄与型」628万人、地域企業で働く、農林漁業への就業ないし援農(手伝い)、地域で副業を始める等の「現地就労型」が109万人、地域の交流イベントや体験プログラムに参加する「参加・交流型」が406万人、訪問先の地域で今の仕事をする「テレワーク就労型」が181万人、趣味や消費活動で地域を訪れる「趣味・消費型」が500万人である。
 
現地就労型が最少数派なのは、関係人口が容易には移住者に移行しない現状を表していそうだ。調査報告等関連資料は移住例を強調するが、ありていに言えば、行政が考える関係人口の創出・拡大策は「移住はそうそう増えないので代わりに行う域外人口呼び込み策」ともとれる。
 
自治体職員と地域おこし協力隊の不興を買いそうな解釈ではあるが、お上の目論見を見透かす程度には今の人々は賢いので、目論見を気にせず乗れる人か、目論見を利用してメリットを得たい人か、目論見を設計する側で地域に入ろうとする人しか、関係人口として定着しないだろう。筆者のようにお上の関与を感じた時点で気が重くなる人は、“気にしない”と自己暗示をかけて乗るしかない。
 
関係人口は能う限り自然ないきさつで増えるほうが望ましい理由もここにある。民間同士、人同士のつながりで、彼が、あの人がいるからあの地域に行く、という訪れ方が関係人口化の王道なのだ。無論、「あの人」は仕事がらみでもいい。あの人の、毎年この時期のこの作業を手伝うためにその地域に行く、という通い方にお上の目論見など関係がない。それが年に1回から年に2~3回になり、月1回になり毎週になり、やがて滞在日数が月平均10日に迫ったあたりで「賃貸でも借りようか」「いい物件ないかな」と考え始める。そして「二地域居住」に移行するわけだ。
 
 

「国内移動無料」の思考実験

 
そもそも移住の促進は全体人口が減っていく本邦では1億2500万人を1億2500万人のまま使う発想に過ぎず、あくまで既存人口の再分配策だ。それよりも、1億2500万人を例えば1億8000万人いるかのように活かすほうがいい。
 
これを物理的地域に適用すると、必要なインフラは交通手段。圧倒的に安い交通手段である。未来学者ばりに言えば、一番効果的な施策は国内の移動を無料にすることだ。国民に関しては国内の公共交通による移動をすべて国が費用負担するのである。移動がタダになれば関係人口も二地域居住も爆増する。かつ、移住ないし定住という概念は相対化される。「都市と地方」は二項対立でなくなる。
 
あるいは一定の制約を持たせるなら、交通手段ごとに一律料金を設定し、それを超えたぶんの費用を距離に関係なく国が持つようにすればいい。その際の料金は電車・気動車は500円、新幹線1000円、高速バス400円、路線バス300円、コミュニティバス100円、飛行機3000円、船舶2000円というところか*8
 
現状、往復1000円以内の2地点間通勤が生活の全移動の大半を占める人が国民全体の、あるいは都民全体の何%を占めているか。長距離移動をたびたび行っている人がそれほどいないのであれば、長距離移動を上記料金以下にすることによる交通各社の持ち出しは相対的に小さい。
 
それよりも、長距離移動を現状さほど行っていない大多数の人たちを頻回に遠くまで動かし(流動性を増し)、そこで泊まるもよし、交流するもよし、飲食・レジャーを楽しむもよし、二地域居住するもよし就労するもよししてもらうほうが、経済・社会賦活効果の総体で見れば上回るのではないか。
 
以上の思考実験を、「地域の困りごとをお手伝いする事により報酬を得ながら旅行をする事が可能」になるサービス「おてつたび」から着想した。記して感謝する。
 
 
 
*1 「東京都特別区部の転出超過の状況 〜住⺠基本台帳⼈⼝移動報告 2021 年の結果から~」(総務省 統計Today No.181)
*2 「関係人口に関する国土交通省の取組について
*3 「関係人口論」とその展開 -「住み続ける国土」へのインプリケーション-
*4 非訪問系は、その土地を訪問はしないもののふるさと納税や地場産品の購入等を通じて地域に関心を寄せる人たちのこと。
*5 「関係人口を介した意識と実践の転換 ─移住創業と地域経済循環に注目して─」(弘前大学大学院地域社会研究科准教授・平井太郎)を参照。
*6 実際に、「ライフスタイルの多様化と関係人口に関する懇談会」による昨年3月発表の「最終とりまとめ ~関係人口の拡大・深化と地域づくり~」では、オンライン関係人口に1項目を割いて非訪問系の重要性が指摘されている。
*7 関係人口の実態把握(令和3年3月17日)p11
*8 交通各社には現状の旅客運賃収益をある程度諦めてもらうことになるが、今のままでは総人口と世帯所得(実質)の右肩下がりに比例して乗客が減っていくいっぽうであることを思えば、旅客輸送業を国営に戻すことも含め、どこかで運賃収益以外でのビジネスを志向するほうが良いのではないか。なお、高速道路料金も一律廉価に設定のこと。
 
(ライター 筒井秀礼)
(2022.8.3)
 
 

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