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ショックはあと30ヶ月続く?

 
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運材に用いられる修羅の様子。明治時代後期・高知県内
(林野庁発行『平成29年度 森林・林業白書』より)
建築業界で「ウッドショック」が広がっている。アメリカと中国という木材の二大消費地で「ウイルスを避けたい人たちの戸建て新築・リフォームラッシュ」が起き、需給が逼迫して現地の製材品価格が高騰したことがきっかけだった。製材品価格の高騰は素材である原木に飛び火し、輸入丸太の価格も押し上げた。コロナ禍で世界経済がストップしたのを見て海運会社がコンテナを返却または売却したせいで再度経済が動き出しても急にはコンテナが確保できず、海上運賃が値上がりしていることも、ショックの一因になっている。
 
一般財団法人日本木材総合情報センターの集計『木材価格・需給動向』を見ると、「昨年の夏場をピークに輸入集成材の在庫は減少しており、国内完成品とともに品薄感が出てきている」と集成材の品薄に言及したのが今年1月*1。集成材とは、住宅建築で現在主流のプレカット工法においてメインの構造材に使われる、反り・歪み・寸法の狂いが少なく施工現場で大工仕事が生じにくい(=組み立てるだけで済む)建材のこと。同集計には「米材」(=アメリカ産材)の項で、「製材品の荷動きは旺盛であるが、これも 1 月一杯だと見られる」と、2月からはそもそも物が入って来なくなると予測していた。
 
ワクチン接種が進むにつれ現地の製材工場が再稼働を始めているが、日本の購買力で以前のように買い付けができるほど供給が落ち着くのはまだ先になりそうだ。「市場データは、材木に関する「買い」のサイクルが9~41カ月であることを示しており、2021年6月時点で「買い」時期は11カ月目であることから、まだしばらくはこの状況が続くと考えられています」と伝える記事もある*2
 
 

「国産材の復権」と「林業の成長産業化」論

 
『木材価格・需給動向』の今年に入ってからのぶんを見ると、国内でも丸太を製材して市場に出すために製材業者はてんてこ舞いで、執筆時点で最新である6月24日発表の集計では、「受注や問い合わせが異常で納期回答ができず見積もりも不可能。納期未定の受注残も大量にある。製品の余剰在庫は皆無で小売用の自社在庫もない。製品価格の上昇と需要過多で値段を決めかねる状況である。とくに柱、間柱は異常な高値で取引されている」とまで報じている。
 
川下での引き合いが白熱するにつれ高まったのが「国産材の復権を」の声だ。あわせて「林業の成長産業化」論も注目されている。特に後者は安倍政権が後押ししていたようで、スローガン「美しい日本を取り戻す」のなかに「美しき森の国・日本」のイメージもあったのだろう。そうでなくとも農林業は一貫して自民党の大票田だ。歴代政権が実際のポテンシャル以上に林業に肩入れしていたとしても不思議はない。
 
では、外材の供給が逼迫した今国産材を増やし、そのために原木の伐採を促し、林業を木材生産業として推進すべきかというと、キャノングローバル戦略研究所研究主幹・山下一仁氏の分析ではそれはどうやら悪手のようだ。
 
 
国内林業の問題点
 
悪手とは産業経済学的にも、将来的な国民の社会厚生の観点からも、のようだ。氏の論考「【政策提言】林業政策の改革」*3を踏まえた後では、目につく限り、新聞社系の記事は「国産材の復権」を安易に謳い過ぎだと思われる。また森林ジャーナリストによる寄稿*4も、事情に通じているだけに安易なほうには流れないが、一般の人たちが付いてこられるレベルに記述を留めざるを得ないせいで、大事なところがざっくりになっている。わかる人は示唆を受け取るだろうが、わからない人には、大事なところで「美しき森の国」とか「山と生きるスローライフ」のようなコピー的世界観が忍び込んで、知るべき事柄を知るチャンスを逃させてしまう。例えば山下氏が指摘する以下のような諸点。
 
「現在の日本の森林の齢級構成は、伐期を迎えていると言われる 50 年生以上の 10~12 齢級(1 齢級は 5 年)が多く、20 年以上も再造林されていない結果 1~4 齢級はほとんどないといってよい状況である。今自給率向上のため、10~12 齢級を伐採してしまえば、30 年後以降に伐採できる木はほとんどなくなる。今の自給率向上は将来の自給率の大幅低下を招くことになる。‥略‥ もちろん、今伐採した後すべての林地で再造林すれば、50 年後の資源は確保できる。林野庁は、すべての林地で再造林すると主張している。しかし、この 20年以上も 7 割の高率補助金があるにもかかわらず、ほとんど再造林が行われていない状況なのに、どうやって、趨勢を逆転できるのだろうか?」(「【政策提言】林業政策の改革(その1)」より)
 
「林業経営者が再造林するかどうかの意思決定をする際に、重要な指標・判断材料となる立木の価格は長期にわたり極めて低い水準にある。今の価格はピーク時の 1980 年の 1~2 割の水準なのである。‥略‥立木価格の低下による林業経営収益の大幅な悪化と再造林の困難性という根本問題に手を付けないで、伐採量を増やすだけの木材自給率向上を叫ぶのは、将来の国民に対して余りにも無責任ではないだろうか?」(同)
 
「伐採・搬出コストが低下しているのに丸太価格と立木価格の差が縮小しないことに対する論理的な説明は一つしかない。素材生産業者の収益・利潤が増加しているということである。林野庁が高率補助により導入している高性能林業機械は、素材生産業者の利益を増大させているだけで、山元の森林所有者には全く還元されていないことになる。‥略‥これは製材業者など加工流通業者に対する補助等の政策支援についても同様である。加工流通が合理化してコストダウンすれば、山元の森林所有者に利益が還元されるという前提で、これまで林業政策は推進されてきた。しかし、加工流通が合理化しても立木価格は改善されない。利益を得たのは加工流通業者であって、山元の森林は荒廃したままである。」(「【政策提言】林業政策の改革(その2)」より)
 
「そもそも、我が国に森林資源が豊富なのだろうか。‥略‥我が国の森林面積は世界の森林面積の0.6%に過ぎない。人口は多いので、一人当たりにすると、0.2ヘクタールにしかならない。これは世界平均の3分の1である。」(「【政策提言】林業政策の改革(その3)」より)
 
他にも多々あるが紙幅に余るので、目先の建材需要に関係する箇所を一ヶ所だけ引いて終わろう。
 
「国産材は品質が悪いので、外材より安いのになかなか売れないという問題がある。住宅メーカーは構造強度からすれば、外材の集成材を好む。欧州材は 100年程度の高齢木なので、強度は十分なうえ、乾燥を徹底している。/自らが山林地主でもある住宅メーカーの住友林業がビッグフレーム工法で使用している木材は、強度の高い欧州アカマツである。国産材を使いたくても強度が劣るからである。スギは成長が速いため、隙間や水分が多く、強度に劣る。年輪が多いほど強度は高まるが、現在供給が増加している間伐材は、樹齢が低いので、高い強度は得られない。」(「【政策提言】林業政策の改革(その3)」より)
 
高値が見込めるからといって安易に国産材の増産(=原木伐採)に走るべきではないし、施主にとっても今急ごしらえで出てくる国産材で家を建てることにはデメリットしかないということだ。仕事が蒸発する町場の工務店への救済措置は必要かもしれないが、そもそも相手は50年でやっと成人する木だ。向き合う側も「国家百年の計」が求められる。
 
 
 
*1 「木材価格・需給動向」より「2021年01月の木材価格・需給動向」
*2 なぜ材木の値段が爆上がりしているのか?(Gigazine 2021/6/15 19:00)
*3  【政策提言】林業政策の改革(その1)要旨 全文(キヤノングローバル戦略研究所 2021/2/5)
   【政策提言】林業政策の改革(その2)要旨 全文(同 2021/3/22)
   【政策提言】林業政策の改革(その3)要旨 全文(同 2021/3/30)
*4 ウッドショック禍、日本の林業が「国産材増産」に踏み切れない理由(FORBES JAPAN 2021/5/27 17:00)等
*5 ここで言う林業は土壌保全や水源涵養等々の多面的機能(外部経済効果)を除く木材生産業としての林業。林野庁発表の『森林・林業白書』は本来計算に含めるべきでない多面的機能(外部経済効果)を付加価値の計算に含めることで国民をミスリードしている、と山下氏は批判する。
 
(ライター 筒井秀礼)
(2021.7.7)
 
 

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