◆身も蓋もない感想?
先月14日、安倍政権がアベノミクス第三の矢となる 「成長戦略」 を発表した。それを受けて目立つのは、「金融市場は “迫力不足” として低評価」 「参院選を控えて踏み込み不足の感あり」 といった、市場あるいは政局に紐づけられた論調である。つまり、今流布しているのは、本当は 「もともといきなり当事者にされる人たち」 の身も蓋もない “感想” かもしれず、彼らの事情によりすでに何らかの色が付いた評価かもしれない。いっぽうで今回の 「戦略」 は、国内企業の9割超を占める中小の企業や事業所、それらを支える地方銀行や信用金庫、あるいは一般の給与所得者など、大多数の経済主体にとっては、これから徐々に我が事になってくる事柄である。さも自前の見識であるかのように同調するのは慎みたいところだ。
知りたいのは中立的な評価と見方である。第三の矢の意義は? 特に知っておくべきことは? 株価速報に振り回されない見方はどうあるべきか? 実際のところ 「戦略」 の何が評価でき、何が課題か? 今後成果をどう捉えていけばよいか? 家計へはどう影響しそうなのか? 平易な解説を試みてみたい。
◆第三の矢の意義
そもそも成長戦略が第三の矢に掲げられているのは、「長期にわたるデフレと景気低迷からの脱却」 のためである。第一の矢である 「大胆な金融緩和」 では日本銀行のレジームチェンジを演出、物価目標を掲げた。第二の矢である 「機動的な財政政策」 は、公共投資などによる需要の創出につながった。これらの役割は消費者マインドを大きく変えることであり、実際に一、二の矢は、期待インフレ率の上昇や景気ウオッチャー指数の上昇など、実体経済にも好影響をもたらし始めている。先月11日にまとめられた内閣府と財務省による4~6月期の法人企業景気予測調査では、大中小各規の景況判断が、統計を始めた2004年度以降の最高を更新している。
しかしながら、日本経済が景気回復するだけではなく、今後も長期的に安定成長を実現するためには、民間の活力も必要だ。つまり、デフレと景気低迷からの脱却、その後の安定成長の実現には、民間投資を喚起する第三の矢こそが本丸なのだ。
その点、今回の成長戦略はこれまで各政権がうたってきた政策とは少し毛色が異なる。なぜならば、第一と第二の矢によってマクロ経済環境はすでに好転してきている。企業の投資行動が進みやすい土台ができあがっているのである。そこに成長戦略が推進されることで、これまでとは異なり、複数の施策が相互に補強しあう状況が実現すると想定される。この点は大いに評価すべきである。
◆成長戦略のポイントは
成長戦略の中身を数値目標と具体的な行動内容に区別して見てみよう。
<数値目標>
(1) 1人当たり国民総所得(GNI)を年3%、10年後に150万円以上増加させる
(2) 2020年にインフラ輸出30兆円を実現
(3) 2020年の対日直接投資残高を2倍の35兆円に拡大する
(4) 2020年に農林水産・食品の輸出額を1兆円に(農業・農村全体の所得倍増)
(5) 10年間で、世界大学ランキングトップ100に日本から10校をランクイン
(6) 2020年に女性(25歳~44歳)の就業率を73%に
<具体的な行動内容>
官業を解放/電力システム改革/小学校の英語教育早期化/民間の健康・予防サービスの新規参入促進/PFIなどの活用 等
※名目GNIは名目GDPに海外からの所得の純受取を加えたもの
※PFIは公共サービスの提供を民間の資金・ノウハウ・運営に委譲する動き
最も注目すべきは、数値目標の (1) である。一人当たり名目GNIは1997年度の約419万円で頭を打ち、徐々に減って2012年度は約384万円となっている。ここから10年後に150万円以上という数値は不可能か。実はそうとも言い切れない。時代が違うとはいえ、日本は1980年から1990年までの10年間で一人当たり名目GNIは155万円増加している。前例はあるのだ。
同様の数値を実現するには、海外からの所得受取りを増やすか、名目GDPを増やすかだが、2012年度一人当たりGNIのうち海外からの所得の純受取りが約12万円に止まっている点を考慮すると、やはり名目GDPを年3%増加させるほうを重視すべきだろう。日銀が目指す 「消費者物価上昇率2%」 が実現できれば、それに伴い名目GDPも押し上げられ、目標達成の可能性はある。
ただし、10年というロングスパンで取り組む戦略であり、一貫して継続しなければ達成は疑わしい。現在のような期待インフレ率の上昇だけで物価上昇まで本当に実現できるのかどうかも確認事項だ。
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