映画は喧嘩や。ビジネスもそうやないんかい ―― 映画監督・井筒和幸が私的映画論にからめて、毎回一つのキーワードを投げかける。第13回はカーチェイスの場面が今も語り草になっている 『フレンチ・コネクション』(1971年・アメリカ) から、“プロフェッショナル”。
そろそろ、取り上げる時がきたかな。ずばり、この男を見たなら否でも応でも、自分に鞭打って、仕事に励みたくなること間違いなしの映画があるんだわ。夜更けのマンガ喫茶で人生に疲れながら一時避難している人間も、朝からパチンコ屋で死にもの狂いになって運命に逆らってる人間も、たちどころに重い腰を上げて、そこから立ち去って別世界に行ってみたくなるはず。
この男に、ひと目、逢ってみればいい。その名も “ポパイ” 刑事。ニューヨーク市警本部に勤務する麻薬捜査班の主人公のアダ名だ。ちょっとやそっとで音を上げない、くたばらないので、周りからそう呼ばれてる仕事一筋の男で、麻薬犯罪だけは心の底から憎んでいて、たとえ、バーで呑んだくれて朝帰りの時、若い女を気まぐれにひっかけてアパートに連れ込むのは平気でも、こと麻薬だけは絶対に “許さない”、そんな頑固一徹者だ。(まさに、マンガのポパイの腹違いの兄貴のような顔付きで、これが名優ジーン・ハックマンの当たり役となり出世作になったが。)
『フレンチ・コネクション 』 1971年・アメリカ
ブルーレイ 2枚組 ¥3,990 (税込)
ポパイのその手荒な捜査ぶりはいつも問答無用で、チンピラの売人だろうが街のゴロツキだろうが、悪人には容赦ない。強引にとっ捕まえて殴るの蹴るのは当たり前、まさかスティーブン・セガールみたく背負い投げの技までは持ち合わせていないだろうが、黒いポークパイ・ハットに黒のトレンチコートが決まっていた。ガサ入れ (家宅捜査) のやり方も素早く、辣腕でクールで、アメリカンヤンキーらしかった。(こんなリアルな刑事モノが、未だに日本の邦画にはない。恋一つしない熱血刑事か、純情派のマジメな中年刑事モノばかりで、嘘らしくてカッコつけてるだけで・・・、まあいいか。)
そこに、ポパイが死んでも追いつめてやりたくなる標的が立ち現れる。フランスの密造工場で精製して作った大量のヘロインをニューヨークのマフィアたちに売り捌くために、フランスの有名俳優をたぶらかし、その渡米仕事に合わせて運んで来る大型リンカーンの車体に隠し込んでついでに密輸して、デカイ儲けにありつこうと企んでいるマルセイユの組織の黒幕、通称 “髭” のシャルニエだ。美貌の情婦と高級ワインと地中海料理のためなら、どんな悪知恵でも働きそうな金持ち面がこれまた一番似合う、スペイン生まれのベテラン、フェルナンド・レイが演じた。
しかし、こんなにシンプルでそのくせ手のこんだ話、こういうりアルな世界観が、今のアメリカ映画にはなくなったね。犯罪だろうが慈善事業だろうが、もっと大人が踏みこめる職人技のドラマ展開を見たいのに、誰も彼もがご都合良く死んだり生き残ったりと忙しいだけで、(警官も犯人も人間なのに) 昼飯もロクに食べる暇もなく、お客も、ただエンドロールまで謎解き付きのスジを追わされるだけの捕り物帖ばっかり。アクションシーンを抜いたらそれこそ見るところがない。生身の人間がいない。
ポパイは生身一つ。だから、そう易々とは引き下がらない。さっそくに、頼もしい同僚と共に捜査を始める。ニューヨークの港に船便で着いたその高級車をいったんは警察で回収して、車体を解体工場でバラして隅から隅まで捜しまくる。が、なかなかブツは見つからない。でも、ポパイは “追求” の手をゆるめない。同僚が諦めても自分は諦めない。証拠のヘロインを見つけるまで捜し尽くす。そして確信したら、ひたすら髭のシャルニエを追う。底冷えした街頭で、ピザを頬張りながら張り込む。そのうち、うるさい蠅を追い払おうと、髭のシャルニエは手下の殺し屋をポパイに差し向ける。白昼堂々、アパートに帰って来たところを狙撃される。でも、ポパイはここで死んでなるものかと、奮起して追跡する。殺し屋が高架の地下鉄の電車に乗れば、人の車を奪って下から並走して追いつめる。ニューヨークの街中の、電車とのカーチェイスは誰もが固唾を呑むシーンだ。ポパイこそ、人間を追いつめる仕事の “プロフェッショナル” だった。
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赦さない、諦めない、怯まない。この男に出逢わなかったら、ボクも、その辺で野垂れ死にしていたかも知れない。株価が上がろうが公共事業が増えようが、それでも、地下道や公園で段ボール暮らしをする若者が後を絶たない。そんな若者にこそ見せてやりたいが、見る場所がないか。いや、あるだろ。ネットカフェにでも行けばいい。ゲームの画面に金を捨てる代わりに見たらいい。そんな気構えぐらいあるだろ。見ても何とも感じない、腹の足しにもならないなら仕方ない。映画は、通販のサプリメントでもハンバーガーでもない。感性のモノだし感性がないのなら、永遠に、ポパイとは出逢えない。ボクにはどんな災難に見舞われようと生きのびてやるという気力だけはあったから、ポパイから、ホウレン草を分けて貰って生きてこられたという話だが。だから、こいつにはいつも感謝している。
余談だけど、ポパイはこの後、『フレンチコネクション 2』 で、まだ悪運にかじりついて棲息していた髭のシャルニエにまた襲われ、そしてまた追いつめる。仕事人は見事な仕事をしてくれる。
執筆者プロフィール
井筒和幸 (Kazuyuki Izutsu)
映画監督
経 歴
1952年、奈良県生まれ。県立奈良高校在学中から映画制作を始め、1975年、高校時代の仲間とピンク映画『行く行くマイトガイ・性春の悶々』を製作、監督デビュー。1981年『ガキ帝国』で日本映画監督協会新人奨励賞を受賞。以降『みゆき』(83年)『晴れ、ときどき殺人』(84年)『二代目はクリスチャン』(85年) 『犬死にせしもの』(86年)『宇宙の法則』(90年)『突然炎のごとく』(94年)『岸和田少年愚連隊』(96年/ブルーリボン最優秀作品賞を受賞) 『のど自慢』(98年) 『ビッグ・ショー!ハワイに唄えば』(99年) 『ゲロッパ!』(03年) 『パッチギ!』(04年)では、05年度ブルーリボン最優秀作品賞他、多数の映画賞を総なめ獲得。『パッチギ!LOVE&PEACE』(07年) 『TO THE FUTURE』(08年) 『ヒーローショー』(10年)など、様々な社会派エンターテインメント作品を作り続けている。最新作『黄金を抱いて翔べ』のDVDは2013年4月2日より発売予定。