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コラム もういっぺん、作ってみようや! vol.6 失敗について もういっぺん、作ってみようや! 岡野工業株式会社

コラム
 
 

失敗の反省を形にしていくのが「工夫」

 
 これまで、うまくいった、成功したって話ばっかりしてきたから、岡野には失敗の経験がないと思っている人が多いんじゃないか。とんでもない。むしろ、これまでの人生は失敗の繰り返しだったと言いたいね。
 おれはサラリーマンじゃないから、仕事を教えてくれる先輩ってのがいなかった。おやじも昔気質の職人だったから、手取り足取りなんて教えてくれない。技術は盗むもの、見て覚えるものだったんだ。失敗すると容赦なく罵声や、スパナーが飛んできたよ。仕方なく、あれこれ工夫しながら乗り切ってきたな。
 その経験があるから、どんなことに対しても 「何とかできる」 という気持ちが根っこにある。誰も失敗はしたくないし、しないほうがいいに決まってる。しかし、失敗しなきゃ成功はないんだよ。まだ誰も作ったことがない物を作るんだから、失敗を怖がってちゃ、成功もやってこない。先に失敗したやつが勝ちなんだ。
 失敗しないように生きてきた優等生にはそういう経験がないんだろうな。だいたい、おれに言わせりゃ学校がいけないね。幼稚園や小学校に入った途端に 「あれをしちゃいけない、これをしちゃいけない」 って言われるだろ。間違えたり失敗したりしないやつが優等生だと評価される仕組みが、高校、大学までずっと続くんだ。そんなんじゃ、社会に出たときに去勢された人間になってたって不思議じゃないよな。
 その点、おれは学校ってところはさっさと切り上げちゃったから(笑)、失敗なんか怖くもなんともない。実際、一つの金型を仕上げるには多くの失敗を繰り返すしかないんだ。そして、失敗するたびに新しいアイデアが湧き出てくる。失敗すると反省ができるだろ。それを形にしていくのが 「工夫」 というものじゃないのかな。
 
 

失敗を恐れたら「痛くない注射針」は幻に終わった

 
 おれのところにはいろんな仕事が持ち込まれるけど、毎度毎度、試行錯誤と失敗の連続だよ。でも、そこでくじけない。おれは失敗するたびに思ってるよ。「もういっぺん、作ってみようや」 ってな。そう、この連載のテーマだよ。
 40数年前にソニーから 「誰もやらないから」 といって持ち込まれたカラオケマイクの網も、リチウムイオン電池ケースも、テルモの痛くない注射針も、開発は失敗の連続だった。どれも 「岡野さんのところでしかできない」 といって持ち込まれたんだけど、他で散々試して無理だったものが持ち込まれるんだから、普通にやったらできないに決まってるよな。最初、テルモさんから、うちに依頼するまでの経緯を聞いて、「これは技術的に難しいな」 と思った。で、大学の先生に可能かどうか相談してみた。そしたら 「物理的に不可能です」 って言うじゃないか。
 普通なら、学者が無理って言うんだから無理なんだと納得するだろう。でも、おれは逆に 「やってやろう」 と思ったね。尋常高等小学校中退のおれが、最高学府の学者様の常識を打ち破ってやったらどうなるか。もし本当に痛くない注射針ができたら、こんな痛快なことはないからね。
 そんなわけで依頼を受けたんだが・・・ この注射針は、根本が太くて針先が細いテーパー状で、うちに持ちかけられる難題の中でもとびきりだったなあ。従来の針の作り方は、「細いパイプを切る」 という既成の発想で凝り固まっていた。確かに、径が極細の針を作ること自体は可能なんだよ。だけど注射針だから、中が空洞で液がスムーズに注入できないと意味がないんだ。それでおれは、パイプを切るんじゃなくて1枚の板を丸めればできるんじゃないかと思った。そのヒラメキは正しかった。試作品作りに1年半、さらに量産体制を整えるまでに3年半もかかっちまったんだが、あの時おれが失敗を恐がって学者の頭でっかちな忠告に従っていたら、痛くない注射針は世に生まれなかっただろうね。
 後になって、それまで1万回以上もインシュリン注射を打ってきたっていう小学生の子供さんから 「ぜんぜん痛くなかった。作ってくれた人、ありがとう」 って言われたんだが・・・ 人生であれより感激した出来事はなかったなあ。
 
 

技術は失敗の連続から生まれる

 
 職人を育てるには長い時間がかかるって言われる。技術というのは教えてもらうものじゃなく、自分の目で見て、触れて、考えて試していくうちに身についてくるものだからね。その技術を磨いて、経験を積んでゆくと、そのうち自分にしかないものが生まれてくる。感性ってやつがそれだ。
 感性が生まれるまでは失敗を重ねるしかないんだが、「失敗してもいいや」 と思って失敗するんじゃないぞ。いつでも成功を前提にして試行錯誤を続けることだ。「絶対にやってやる!」 という負けん気と、失敗を恐れない気持ちを持ち続けていれば、気がついたときには、誰も真似ができないような高みに上っているはずだ。
 「岡野さんは、どうしてそんな技術が身についたのか」 と聞かれる。「それだけ失敗を経験したから」 としか言いようがないよな。人よりも多く失敗を経験して、反省して、工夫しただけ。技術っていうのはその繰り返しから生まれるんだよ。
 逆に言えば、おれは自分の専門の 「深絞り」 の技術では絶対にあきらめないから、失敗で終わらないということになるかな。「もうダメだ、や~めた」 と放り出した時が本当の失敗で、途中で放り出さなきゃいつまでたっても失敗にならないだろ。あきらめずに挑戦し続ければ最後には必ずできる。これは昔も今も変わらない、おれの信念だ。
 
 

面倒で苦しいから仕事は楽しい

 
 読者の皆さんは、ほとんどの方が仕事を持って働いてらっしゃるでしょう。仕事をするうえで失敗は避けて通れないよね。未知の仕事は失敗するのが当たり前。失敗しない仕事ばかりやっていたら、新しいことができるようになるはずがない。そういう人や会社は、いつの間にか世間の進歩から取り残されてしまうよ。
 おれだって、開発に時間がかかるわ、成功するかどうかわからないわっていう依頼は断って、簡単な仕事ばかりやっていればラクで効率もいいかもしれない。だけど、仕事ってのは面倒で苦しいからこそ、上手くいったときに楽しいんだ。だから、おれは昔から決めている。誰にでもできる仕事は他を当たってもらうってね。
 おれは頭の中に 「ああやろうか、こうやろうか」 とプランを並べて、トライ&エラーを繰り返しながら答えを見つけていくやり方だ。これからだってそうさ。生キズは絶えないし、部品にしても、一つで済むところを、一つじゃ再トライができないから三つも四つも買っておく。だからおカネも時間もかかるんだが、楽しいんだからいいじゃねえか、なあ。
 
 
 「失敗は成功のもと」 っていういい言葉があるのに、みんな忘れちゃってるんだろうな。当たり前すぎて、恥ずかしくて口にできないのかもしれないね。でもさ、この言葉の意味を、おれたちは改めて考えてみてもいいんじゃないのかな。
 
 
 
 次回は、失敗と試行錯誤の中で、おれがどんなふうにして職人の勘と技術を養ってきたか、具体的に話してみよう。待っててくれよ。 
 
 
 
 もういっぺん、作ってみようや! ~町工場最強オヤジ!岡野雅行の直言~第6回 

 執筆者プロフィール  

岡野雅行 Masayuki Okano

岡野工業株式会社 代表社員

 経 歴  

岡野工業株式会社代表社員。十代初めから、実父が営んでいた岡野金型製作所で職人修業を開始。勤勉に仕事にいそしむかたわら遊び仲間も多く、仕事と遊びの双方で「向島の岡野雅行」の名を上げ始める。1972年、製作所を引き継ぐと 「岡野工業」 と社名を変更。金型だけでなくプレスも導入し、高い技術力を持って大手との取引が増え始める。インシュリン用の注射針で主流になっている「ナノパス33」をはじめ、ソニー製ウォークマンのガム型電池ケース、携帯電話のリチウムバッテリーケース、トヨタプリウスのバッテリーケースなど、世界的な躍進を遂げた製品はどれも岡野工業製作の部品が支えているとすら言われている。

 
 
 
 

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