ノウハウの蓄積が未来を創る
「企業とは?」という課題に対して、ひと言で定義づけるのは難しい。しかしながらハッキリしているのは、企業には、「利益を創出し、ステークホルダーの人々に還元し、納税する義務と責務がある」ということである。
この義務と責務を果たすことで経済が活発化し、雇用が創出される。それが真の意味での企業の社会貢献に繋がっていく。
また企業には、成長しながら恒久的に存続しなければならないという命題がある。そのための手段・方法を、いかに練成し、実践するかが企業にとっての優先課題であり、目的でもある。つまり、企業価値を創造するための具体的かつ実現性のある手法が求められているのである。
企業価値を高次元で維持・継続させるためには、差別化された商品・サービスを間断なく市場に投入しなければならないことは言うまでもない。
絶え間ない競争にさらされる市場では、商品・サービスの優位形成ができなければ、企業が消滅するのは明らかである。優位性の競争は、商品の機能や利便性、性能競争を経て、最後には価格競争という道に踏み込まざるを得なくなる。市場競争の性質を表す「弱肉強食」は、自然界の法則であり原理原則だと言える。
弱肉強食の世界では、お互いが血みどろの戦いを繰り広げるようになる。市場において、血みどろの戦いを「レッドオーシャン」と名づけている。その対極にあるのが、未開拓の市場において優位形成をしていく「ブルーオーシャン」である。
ブルーオーシャン戦略は、フランスとシンガポールに展開するINSEADビジネススクールのW・チャン・キム教授とレネ・モボルニュ教授の二人が説いた戦略であるが、本章「知的資産経営がイノベーションを起こす」では、彼らのブルーオーシャン戦略を踏まえたうえで、私流の「イノベーション戦略」を提唱しよう。
まず、両者の大きな違いについて。イノベーション戦略(知的資産経営戦略と言いかえても良い)に比べ、ブルーオーシャン戦略における商品やサービスは、時間経過とともに必ずコモディティ化し、レッドオーシャン的になっていくというマイナス要因を持っている。いきおい、企業は近視眼的になり、一発必中のヒット商品を単発で狙うことに明け暮れるようになる。つまり、成果を上げるまでに時間が必要な地道な基礎研究は、ブルーオーシャン戦略では見過ごされることになる。
たとえるなら、ブルーオーシャン戦略では、体幹から鍛え上げた本当に強いプロボクサーのように次から次にジャブやカウンターパンチを繰り出すことができない。足腰が脆弱なゆえにフットワークも悪く、瞬発力や持続(継続)力が欠如している。つまり、日頃の練習の不足である。「鍛錬する」という基本的行動指針を忘れ、プロセストレーニングを欠如させてしまっているのである。
本来は日ごろの実践的鍛錬が必要なのであり、「まぐれ」でヒット商品が生まれても、それを市場でジックリと醸成させて息の長いロングセラー商品・サービスに育てることはできない。これは、ヒット商品やサービスを生む仕組みが構築されていないということに他ならない。
ところが、イノベーション戦略は、経営のプロセスを仕組みに替えてプロセスマネジメントを構築していくので、コモディティになりにくいという側面がある。
なぜなら人の社会すなわち文化・芸術、伝統・スポーツの自然科学を中心にした精神性の高い考え方からの発想を基礎にした商品やサービスを研究・開発しているからである。
つまり、私の提唱するイノベーション戦略は知的資産経営に通じ、「人間」という捉えどころのない精神的な存在とそのココロをカタチにすることを重心にした経営の仕方である。これは「ヒューマン プロセス マネジメント」と言い換えてもよい。人の世の中である以上、人が中心でなければならないのは自然の摂理である。
世界的に起きているトヨタのリコール問題も人の問題に帰結する。人の傲慢さである増上慢、すなわち驕り昂ぶりは、必ず企業を蝕んでいく。これは皆が気付かない潜在的なところで発症し、一度やられてしまっては「トヨタ・カイゼン」と言えども万能であるはずがなく、崩れる。
ヒューマン プロセス マネジメントは、商品やサービスそのものよりも、人材を育てる仕組みづくりに重点を置き、人が持つノウハウや業務のノウハウを仕組み化し、蓄積していくことを第一義に人材を育てる方法論である。
企業存続のコア・ノウハウとして作用するのが人のココロであることは言うまでもない。人財創出にはジックリと時間をかけ、何よりも彼らのココロを育成しなければならない。そして、それが企業文化になり、本質的なイノベーション戦略(知的資産経営)にまで練り上げられて初めて、企業は危機的状況から脱出できるのである。これからの時代の経済を担う、サービスという「コト」の、これが本体である。