今、“かっこいい” ビジネスパーソンとは
第4回 暗く明るい谷底
『民主主義のなかった国・日本』 の末尾近くで記しましたが、日本は、近代以前のリソースを殆ど変えることなく、単にリソースの組み合わせを変えるだけで、近代化を達成しました。実はどの国にも似た側面があるのですが、だからこそリソースの組み換えの可能性が国や民族ごとに異なるわけです。
問題はこういうことです。初期資本主義段階や帝国主義段階における産業構造改革という課題については、日本はリソースの組み替えで対応できた。さてグローバル化段階における産業構造改革に、日本はリソースの組み替えだけで対応できるのか。要は、中央依存的・大企業依存的・有力者依存的・空気依存的メンタリティを変えずに対応できるのか。
無理だと思います。先に申し上げたJAや各業界団体のように、新しい陳情先を探して右往左往するような 「任せる政治」 メンタリティのままでは、今の難局は越えられません。外需部門を、将来に渡って比較優位な産業分野にシフトできないし、内需部門を、将来に渡って地域が自立的な経営企業体として存続できる形にシフトすることもできません。
地域主権実現の布石=高速道路無料化
一つ補足します。地方に自立的経済圏を構築する際に欠かせないのが、民主党の基本政策でもある高速道路無料化です。僕は高速道路無料化に賛成です。ジャーナリストの神保哲生さんと続けている 『マル激トーク・オン・デマンド』 でも、無料化の提唱者である山崎養世さんをお迎えしてお伝えしました (2009年9月5日放送 第439回・・・政権交代選挙が明けて最初の回)。
高速道路無料化が、国家のグランドデザインに基づく必須策であること、大手マスメディアの報じる反対論が誤謬で固められたネガティブ・キャンペーンに過ぎないことが、番組を見ていただければ明確に分かります。ただ、高速道路無料化が必要である理由について、山崎さんは、僕の考える2つの柱のうち、一つしかおっしゃっておられません。
山崎さんのおっしゃる無料化必要理由は、日本を外需主導型・工業化社会の在り方から内需主導型・ポスト工業化社会の在り方にどうやってシフトさせるかという文脈です。高度成長期に太平洋ベルト地帯に人と産業を集中させ、製品輸出でドルを稼ぎ、アガリを中央が地方にばらまく仕方で生活水準を上げてきたが、これはもう続かないという認識です。
完全に妥当な議論です。グローバル化が進んだポスト工業社会で、日本が今後も豊かな国であり続けるには、東京一極集中や都市‐地方間格差を解消すべく、人も産業も分散させ、安い固定費で時間的・空間的なゆとりを持って生産と消費ができるようにすることが不可欠だと言います。これについても僕は完全に同意見です。
ただ、山崎さんの考え方は一種の企業立地モデルです。高速道路の無料化で物流コストが下がれば、売上が同じなら固定費 (地代と労働力) が安価な地方に移ったほうが収益率がいい。加えて、地方行政の裁量で法人税を優遇できるようにすれば、都会にいる企業はどんどん地方に移り、人も分散するはずだという発想です。
でも僕の考えでは、企業立地モデルだけで活性化する地方は一部だし、各地域を自立した経営企業体として持続させる観点からは 「地域にとっての外需」 を稼げる比較優位な産業部門に特化することはモノカルチャー化を招いて危険です。地域にとっての外需モデル=企業立地モデルに加えて、地域にとっての内需モデル=地産地消モデルが必要なのです。
市町村ユニットでの内需と外需のバランス、都道府県ユニットでの内需と外需のバランス、道州ユニットでの内需と外需のバランス、国家ユニットでの内需と外需のバランスという具合に、重層化している必要があります。これを僕は、政治において語られる 「補完性の原則」 になぞらえて 「経済における補完性の原則」 と呼びたいと思います。
「補完性の原則」 とは欧州の政治について語られる原則です。「自分たちでできることは自分たちでやって、不可能な部分について少し上のレイヤーの行政を呼び出し、そこで不可能な部分について更に上のレイヤーの行政を呼び出す」 ものです。小ユニットから中ユニットを経て大ユニットに至る全レイヤーでの内需外需バランスも、類似の発想です。
地産地消モデルにとっても高速道路無料化は必須です。米国は単位距離あたり日本の道路建設費の20分の1で自動車専用道路を全土に縦横無尽に張り巡らせた上、利用を全てタダにしています。日本もそうすべきです。大手物流資本は、大型トラックで輸送するので高速道路料金が占めるコストは僅かだなどとしますが、現在の高速道を前提にした発想です。
そうではありません。村の人たちが、大手物量資本を使わず、自分たちで輸送・配送するためにこそ、全土に縦横無尽に張り巡らせた低建設コストの高速道が必要なのです。高速道路無料化の 「企業誘致」 と別のもう一つの目的は、「自分たちで商品を輸送する生産者が現れる」 ということです。そうなれば、物流も小さな地域ユニットにとっての 「内需」 になるのです。
中央依存的メンタリティ、大企業依存的メンタリティ、有力者依存的メンタリティ、空気依存的メンタリティの根っこは全て同じです。この同じ根っこが僕たちの自明性のフレームを形づくっています。こうした古い自明性のフレームから政策を評価するのでなく、高速道路無料化は自明性のフレームを取り替えるための政策であることを、国民が自覚する必要があります。
(連載了)
執筆者プロフィール
宮台真司 Shinji Miyadai
首都大学東京教授 社会学博士
経 歴
1959年3月3日、宮城県仙台市生まれ。私立の名門、麻布中・高校卒業後、東京大学大学院人文科学研究科博士課程修了。社会学博士。大学院在学中からサブカルライターとして活躍し、女子高生のブルセラや援助交際の実態を取り上げ、90年代に入るとメディアにもたびたび登場、行動する論客として脚光を浴びた。その後は国内の新聞雑誌やテレビに接触せず、インターネット動画番組 「マル激トーク・オン・デマンド」 や個人ブログ 「ミヤダイ・ドットコム」 など自らの媒体を通じて社会に発信を続ける。著書は『日本の難点』(幻冬舎新書)、『14歳からの社会学』(世界文化社)、『〈世界〉はそもそもデタラメである』(メディアファクトリー)など多数ある。