B+ 仕事を楽しむためのWebマガジン

トピックスTOPICS

激甚災害レベルの花粉症

 
glay-s1top.jpg
ABC / PIXTA
「今年の花粉症はひどい。薬も何も効きゃしない」という声が巷で聞かれる。メディアも「10年に一度の花粉飛散量」と嘆き節だ。昨年の夏に「高温・多照・少雨」というスギ雄花生育の好条件がフルコンボで成立したせいで、今年の花粉飛散量は昨年の12倍。神奈川県では過去26年間の最大量を記録した*1
 
環境省によれば、日本の人口における花粉症有病率は2019年時点で42.5%*2。10年で10ポイントずつ増えているから、普通に考えてあと4年後には国民の過半数が花粉症持ちになる。また、2020年のパナソニックの調べでは症状に伴う労働者のパフォーマンス低下で一日あたり2215億円の経済損失が生じており、合計額は1シーズン60日間で13兆2900億円にのぼる*3。まさに激甚災害並みの被害額である。
 
春になれば国民の半数近くが外出したくなくなる現状にあって、昨今はコロナ禍に伴いリモートワークが普及した。ただ、在宅勤務になって首都圏から地方移住した人の中には花粉症がひどくなった人もいるに違いない。NPO法人花粉情報協会のデータを見ると、花粉飛散量が東京より多い地域は複数ある。静岡2.09倍、三重2.45倍、宮崎2.55倍、福島にいたっては3.44倍だ*4。これらの地域では花粉症の人はとてもではないが空気清浄機のそばを離れられないのではないか。
 
 

民泊ビジネスの規制緩和案が制度化

 
無論、東京より花粉が少なければ症状が消えてなくなるわけではないので、特定の地域を目の敵にしてもしょうがない。そもそも花粉症は季節性疾患だ。飛散量が多い時期にその土地にいれば症状は出る。
 
と、いうことは反対に、移住までいかなくても、症状がひどくなる数週間を飛散量が少ない地域で過ごせばいいじゃないか! ついでにワーケーションもできたら最高だ――!
 
そう考える人たちへ朗報になりそうな新制度案が先月初旬、国土交通省でまとまった。住宅宿泊事業(民泊)に関し、関係法令の講座20時間と講義7時間を受けて修了試験に合格すれば住宅宿泊管理業を始められるようにする、一種の規制緩和である。国交省は今夏をめどに講習機関を募集し、本年度中に講習を始めてもらいたい考えのようだ*5
 
従来、民泊を営むにあたっては、民泊事業者(物件オーナー)がその家に住んでいない「居住者不在型」では、宅地建物取引士・マンション管理業務主任者・賃貸不動産経営管理士のいずれかの有資格者か、住宅取引や管理で2年以上の実務経験を持つ者に管理業を委託しなければならないとされていた。
 
結果どうなったかといえば、住宅宿泊管理業者が東京・大阪・福岡の都市部に集中。2022年4月時点で2993社が管理業者登録を受けているが、7割弱はこの三都府県に所在している。最多の東京都は1005社あるが、10社以下に留まる県が青森、福井、高知など13県にのぼり、東北・中国地方では1、2業者程度という県もあるという*6
 
民泊新法のそもそもの狙いは、旅の二大コストである交通費・宿泊費の片方を劇的に下げることでインバウンド客をふくむ国内旅行者を増やし、地方経済の活性化につなげること。つまり地方創生だ。このままでは本来普及してほしい地方部に民泊が普及しない。厳密に言えば、本来の民泊は普及しても民泊ビジネスが普及しない*7。そうなると付帯効果で狙う空き家問題の解決にもつながらない。
 
一方で宿泊管理業参入希望者は相当数にのぼる――特に物件オーナーが管理業者登録を希望している。兼任できるようになれば外部の業者に委託しなくてよくなる――ことから、今回の制度は期待されている。
 
 

花粉シーズン限定の関係人口誘致策?

 
次に、「花粉疎開」「避粉ツーリズム」をいわゆる関係人口あるいは交流人口の文脈で見てみる。コロナ禍前の数字で確認すると、三大都市圏(東京・大阪・名古屋)の18歳以上居住者の約18%、約861万人が、すでに関係人口として日常生活圏・通勤圏等以外の特定の地域を訪問していた。三大都市圏以外でも、18歳以上居住者の約16%、約966万人が、同様に関係人口として特定の地域を訪れている*8
 
この計約1827万人の人たちの宿泊はどうなっているのか。趣味や消費活動で地域を訪れる「趣味・消費型」の500万人はホテルや旅館など通常の宿泊施設を使う傾向にあるとして、残り1327万人の人たちは、長期滞在割引なども利用しつつ比較的廉価な宿泊を志向するだろう。
 
今仮に関係人口を「他の人たちよりも日常生活圏・通勤圏を離れて過ごすことに抵抗が少ない人たち」と再定義し、そこに花粉症有病率42.5%(2027年には50%強)を乗じると、あくまで思考実験ではあるが約564万人(2027年には670万人)の、花粉疎開人口があることになる。規制緩和で民泊ビジネスがもっと地方に、特に避粉地有望地域に普及した暁には、花粉シーズン限定の関係人口誘致策を考えてみるのもおもしろいかもしれない。
 
 

人を住居地以外の土地に赴かせるものは

 
宿泊業が盛んになると地方経済にさまざまな影響がある。観光庁の資料では、例えば宿泊旅行者が年間23人増えると、消費額換算で地域人口が一人増えるのと同じ効果を持つ。外国人旅行者であれば8人で地域人口一人の計算だ*9。ちなみに日帰り旅行の消費額は宿泊旅行の3分の1止まりというから、宿泊業がいかに地域に落ちるお金に寄与しているかだ。
 
また、宿泊業は他の産業に比べて地域経済に直接寄与する割合が大きい。同じ資料から「主な仕入れ・材料費・外注費の支払先」の数字で比較すると、例えば小売業が同じ市区町村内から仕入れる割合が約15%なのに対し、宿泊業は約52%。雇用に関しても、宿泊業は地方になればなるほど被雇用者総数に占める割合が高くなる。他に産業がないから宿泊業従事者が増えるのだと言えば身も蓋もないが、それはまた別建てで論じよう。
 
「うちには目立った観光資源がなくて・・・」と思う地域の物件オーナーも悲観することはない。観光であれ避粉ツーリズムであれ、人を住居地以外の土地に赴かせるものは究極的にはその地域そのものだ。少なくとも現代の成熟した国内旅行者に限って言えば、特定の目的旅行を除いては、旅先で見聞ないし経験したい事柄は、もはや歴史遺産でも、レジャー企業が高度成長期の発想で建てるテーマパークでもない。もっと深い、地域の基層で育まれた風物であり民俗である。
 
例えばそれは地方の城下町で城のお堀から街区に流れてくる水路のたたずまいとせせらぎの音であり、民家の庇の破風ににじんだ寂色であり、昔から当たり前だという顔をしてそこに湧いている温泉であり、郷土の食であり、そこに住む人たちの生活であり表情である。それらに近づけてくれる規制緩和なら大歓迎と思うが、いかに。
 
 
 
*1 “10年に一度レベル”花粉の大量飛散…量は去年の12倍「非常に多いどころではない」(テレ朝news 2023/03/06)
*2 「花粉症環境保健マニュアル2022
*3 花粉症の経済的損失は1日あたり2215億円という調査も(ウェザーニュース 2020/03/01)
*4 「2023年春全国24地点のスギ花粉データ(閲覧用)」3月29日更新データより
*5 民泊管理、講習受講で参入可能に 国交省が要件緩和(日本経済新聞 2023年3月7日)
*6 ルールチェンジを乗りこなせ! 管理業の要件見直し(サポート行政書士法人SGコンサルティング株式会社 2023年3月15日)
*7 本来の民泊と民泊ビジネスの区別に関しては2018年5月の拙稿を参照
*8 関係人口の実態把握(国土交通省 令和3年3月17日)p11、12
*9 アフターコロナ時代における地域活性化と観光産業に関する検討会 第4回参考資料(令和4年4月20日)
 
(ライター 筒井秀礼)
(2023.4.5)
 
 

関連記事

最新トピックス記事

カテゴリ

バックナンバー

コラムニスト一覧

最新記事

話題の記事