「季節が過ぎ去り」、迷惑だけが残った
2013年の暮れにお話をいただき、書籍念頭で開始した「知の品格」連載、2014年から15年にかけて、さまざまに「知の品格」が問われる事件が続きました。
昨年もっとも世間を騒がせたひとつはSTAP細胞詐欺でしょう。結局のところES細胞を用いた真っ赤なうそ、偽りでしかありませんでした。
さて、あのとき若い詐欺師をさんざん「擁護」したメディアや個人は、いったいどこに行ってしまったのでしょう・・・? どこにも行きません。大半は以前と同じように生活していることでしょう。
で、メディアなどを通じて発せられた、科学的な根拠を欠く誤った心情的な発言にどう責任を取っているか・・・なにも取っていない。ただ「季節が過ぎ去り」飽きてしまった、それだけでしょう。
さて、翻ってあの下らない事件が大学や研究機関に与えた影響は極めて甚大、というより迷惑きわまりありません。
学部課程には「研究倫理」の必修科目が設けられ、大学院生や職業研究者向けにも研修やらルールやらチェックやら規制やら・・・全く何も終わっておらず。面倒は現在進行形で増えている途中の段階にあります。
そういう一貫性と無関係な安手の妄言と変節を「下品」と呼んで構わないと思います。STAP騒動で無責任な風をあおった全ては「知の品格」という観点から反省と改善を本当は心がけて貰いたい・・・でも、そんなことが無理なのも、残念ながら見えています。
安保法案を巡る体たらく
下品極まりないといえば年が改まってから「安保法案」を巡る問題が酷い体たらくを見せています。
一定以上の見識がある層であれば、米国の経済が沈降し、国際的な安全保障において日本に応分の負担が期待されていること、それにあたって極端な右傾化という以上に法案のレベルとして問題外に低レベルの「自民党案」に対して米国がNoを突きつけていることなどは共有されている事実です。
では、そこでどのように政策を展開するか?
閣議決定で「解釈改憲」も「強硬採決」も極めて下品なルール違反ですが、それ以上に品がないといわざるをえないのは、国民に対するまともな説明を行わないという愚民思想です。
実際におろかなのは低学力な政治屋自身の方でありますが、無用に右傾化した危機のあおり方や仮想敵づくり、排外デマゴギーの喧伝など、各国有識層が顔をしかめる愚かしいアジテーションのオンパレード。2015年7月-8月、日本の政府はその見識の低さ、知の下品さで国際的な信用を明らかに数段階落としてしまいました。
こういうことでは、先進国の一員として国際的な安全保障リーダーシップの一翼など担うことは不可能です。では何が求められているのか?
・・・品格ある知をもった、国際的な信用の回復こそが、求められているのです。
(後編に続く)
伊東乾の「知の品格」
vol.23 国際的信用の回復が必須 品格をもたらすもの(中編)
執筆者プロフィール
伊東乾 Ken Ito
作曲家・指揮者/ベルリン・ラオムムジーク・コレギウム芸術監督
経 歴
1965年東京生まれ。松村禎三、松平頼則、高橋悠治、L.バーンスタイン、P.ブーレーズらに師事。東京大学理学部物理学科卒
業、同総合文化研究科博士課程修了。2000年より東京大学大学院情報学環助教授、07年より同准教授、慶應義塾大学、東京藝術大学などでも後
進の指導に当たる。西欧音楽の中心的課題に先端技術を駆使して取り組み、バイロイト祝祭劇場(ドイツ連邦共和国)テアトロコロン劇場(ア
ルゼンチン共和国)などとのコラボレーション、国内では東大寺修二会(お水取り)のダイナミクス解明や真宗大谷派との雅楽法要創出などの
課題に取り組む。確固たる基礎に基づくオリジナルな演奏・創作活動を国際的に推進。06年『さよなら、サイレント・ネイビー 地下鉄に乗っ
た同級生』(集英社)で第4回開高健ノンフィクション賞受賞後は音楽以外の著書も発表。アフリカの高校生への科学・音楽教育プロジェクトな
ど大きな反響を呼んでいる。新刊に『しなやかに心をつよくする音楽家の27の方法』(晶文社)他の著書に『知識・構造化ミッション』(日経
BP)、『反骨のコツ』(団藤重光との共著、朝日新聞出版)、『指揮者の仕事術』(光文社新書)』など多数。
(2015.7.29)