抗がん剤や手術に加え、最新のがん治療として認知されつつある新しい放射線治療――「粒子線治療」。その第一人者である菱川良夫医師が、医師と患者の“共闘”の中からポジティブなドラマを語ってきた連載、最終回です。
乳がん対応の粒子線治療装置が完成
当コラムも最終回。そこで、今後に向けた話題として、私がセンター長を務める「メディポリスがん粒子線治療研究センター」の近況と、「医療は国境を越える」というお話をします。
近況の1つ目は、粒子線治療(陽子線治療および重粒子線治療)の装置に「第4世代」が誕生すること。かねてから研究していた乳がん治療のための「遠隔多門照射」という新技術が、2014年の秋、いよいよ本格実施の時を迎えようとしているのです。
がんに同じ線量の粒子線を照射する場合、1方向(これを1門と数えます)から強く当てるよりも、複数の方向から同時に弱く当てたほうが、がん細胞以外の正常組織への影響を少なくできます。これが多門照射の考え方です。
従来の多門照射では、技師が装置を調整するのにかかる手間が大きいため、1門での照射なら20分で済む治療が、たとえば4門に増やした場合、時間も4倍必要になるという課題がありました。
新しい装置では、別室から遠隔操作ができるように改良。これにより、1門と変わらない所要時間で多門照射を行うことが可能になりました。個々の患者さんの負担を軽くするとともに、1日当たりの治療の数を増やすことにもつながるはずです。
ちなみに、第4世代までの歩みを少し説明しておきますと、回転ガントリーで粒子線を照射できる方向が、縦・横・斜めの3方向のものを第1世代、全方向(360度を5度刻みで72方向)のものを第2世代とすると、当センターで現在使用しているのは第3世代。ガントリーだけでなく、患者さんが横たわる治療台も半回転できるようにすることで、2592方向(陽子線のみ)からきめ細かな治療を行えます。
ただし、前にもお話ししましたが、装置の性能がどれほど上がっても、それを100%生かすにはスタッフの成熟とチームワークが欠かせません。当センターが技術的に難易度の高い症例に対応できるのも、3年余りコツコツと治療経験を重ねてきたからだと自負しています。
韓国医療機関と患者受け入れで提携
近況の2つ目は、韓国・大田のソンメディカルセンターと提携関係を結んだこと。ここは設備の整った健診施設を置く総合病院で、メディポリスと同様、前にご紹介したJCI(国際的な医療施設の認証機関)から認証を取得しています。
CEOのソン氏はアメリカで教育を受け、医療において「世界一のサービス」を目指している情熱的な方です。韓国の患者さんの窓口となり、現地の施設で治療を行うだけでなく、世界中の先進的な医療機関を紹介する役割も担っています。
そんなソン氏とスタッフがサービス研修の一環で指宿の有名旅館に滞在した際、近くにJCI認証施設のメディポリスがあることを知り、わざわざ訪ねてくださったことが提携のきっかけとなりました。
今後、メディポリスでは韓国に粒子線治療を希望する患者さんがいれば積極的に受け入れるいっぽう、ソンセンターと若いスタッフの短期交流もできればと話し合っています。
医療が開く新しい国際交流のあり方
ソンセンターとの提携から垣間見えるのは、医療を目的に人の国際移動が活発に行われる時代の到来です。メディポリスの場合、今度の第4世代回転ガントリーにも象徴されるトップレベルの粒子線治療と、世界が信頼を寄せるJCI認証施設であることが、海外との結びつきを強めてくれました。
指宿は日本の中では辺境の田舎町に数えられるでしょう。しかし、中国や韓国、ASEANの国々との距離を考えると、むしろ国際交流にうってつけの場所なのです。私も最初は正直「こんな不便なところで大丈夫かな」と不安でしたが、すぐに思い直しました。ミシュランガイドで紹介される三つ星レストランだって、すべて大都市の便利な場所にあるわけじゃない。たとえ山の中の施設であっても、一流の医療とすばらしいサービスさえあれば、患者さんはきっと支持してくれるに違いない、と。
医療のために外国まで出かけるメディカルツーリズム(医療観光)は、まだ日本の私たちにそれほど浸透しているわけではありません。けれど、国も成長市場の1つとして取り上げる中、今後は受け入れ先となる医療機関の対応も加速していくでしょう。メディポリスも足元の充実を図りながら、海外の患者さんにもよりよい医療を提供していきたいものです。
また、ツーリズムという産業的な枠組みを外しても、諸外国から患者さんを受け入れることには大きな意味があると思います。たとえばソンセンターとの提携も、日韓関係がギクシャクする今日にあって、草の根の交流を太くする契機になりうるのではないでしょうか。
さらにつけ加えるなら、たとえば東南アジアには、小児がんの子どもがたくさんいます。そうした子どもたちの治療に日本の医療機関がもっと積極的に関わっていけたら、ODA(政府開発援助)などとは違った形の国際貢献ができるのではないか。それが日本とアジア諸国との良好な関係づくりにつながるのではないかと、そんな未来も夢見ています。
私たちの目指す「幸せな医療の提供」に国境はありません。そこに患者さんがいる限り、日々の努力は終わることがないのです。
(連載了)
ドクターの手帖から
vol.6 「幸せな医療の提供」を求めて
(2014.10.8)