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「ドクターと対等にやり合える」

 
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klyaksun / PIXTA
行き着けの居酒屋で「先生」と呼ばれる人がいる。コロッと太って銀色の口ひげをたくわえた、快活によくしゃべる、銀髪に角ぶちメガネで陽性キャラの、初老の男性である。聞こえてくる会話の内容からドクターだとばかり思っていたら、あるとき直接話してみると、薬学のほうだった。どこかの大病院の薬剤部長だか何だかだそうだ。
 
わからないなりにこちらから今の職業上のトレンドについて話を振ると、「いやもう変化が早くて」との答えで、「そんななかでもやっぱりね・・・」と教えてくれたところでは、自分の得意な薬――個別の薬ではなく系統のことだと思われる――を見つけることが大事だということだった。「それがあればドクターと対等にやり合える」と。
 
無論、「やり合う」はprotestではなく「対等に仕事ができる」の意味だが、薬剤師の仕事はドクターの処方通りに薬を出す以上でも以下でもないと思っていた一般人には、妙に印象的な表現だった。
 
それが去年の夏頃のことで、今思えば改正薬機法(医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律)の施行を目前に控え緊張が高まる時期だった。頓馬な顔で業界のトレンドを聞いてくる小童の物書きに、「先生」は何を思っただろう。
 
 

薬機法の改正で薬剤師にフォーカスが当たった

 
昨2020年9月1日、改正薬機法が施行され、薬局の定義が「薬剤師が販売又は授与の目的で調剤の業務を行う場所」から、「~調剤の業務並びに薬剤及び医薬品の適正な使用に必要な情報の提供及び薬学的知見に基づく指導の業務を行う場所」と変更(下線部追記)された。同時に、薬剤師による対面での服薬指導が必須だった医療医薬品に関し、条件に合えば対面でなくても、オンラインでも服薬指導と販売ができるようになった*1
 
調剤報酬等の細かいオペレーションの変化を脇におけば、大きなポイントは3つ。オンライン販売の解禁、服薬フォローアップ(服薬期間中の見守り)の義務化、そして今年8月から始まる、都道府県知事の認定による特定機能薬局制度だ。
 
昨年から受診控えにともない薬の長期処方が増えている。極力病院に来たくないということは、薬は長期間ぶんもらって帰りたいということだ。投薬治療を受けているが病院には行けない・行きたくない患者が増える中、患者に日常的に、かつ最初に接する医療主体として薬局および薬剤師にフォーカスが当たっている。
 
 

薬局業界の現状

 
いっぽうで薬局業界の動きは、一部を除いてまだ鈍いようだ。理由は、1990年代後半から続く“門前薬局”のビジネスモデルをそうすぐに捨てられないこと、オンライン調剤販売が認められるのはオンライン診療か訪問診療で処方された薬に限られること、オンラインはオンラインでも薬局施設内の通信環境から服薬指導しなければならないこと、等々。そしてオンライン診療と同じく、初診――いわゆる新患――の扱いに関し、国からまだ結論が出ていないからだと思われる(今秋を目途に指針改定予定*2)。
 
門前薬局とは、「医薬分業」が進む中で標準化した薬局のビジネス形態のこと。処方箋を受け取った患者は病院の近くで薬を買おうとする。本当は薬剤師の職能を知っていれば自宅近所の薬局でも同じ効能の薬は買えるのだが、「ここの先生が出す薬だから、ここの最寄りの薬局が一番確実に置いているだろう」と考えるのだ。忘れないうちに買っておきたい心理もある。さらには、公定薬価制により価格競争が起きないことと、処方されればほぼ確実に購入に至ることから、「とにかく近くに出店すれば安泰」という、完全な立地ビジネスになっていた。それが原因で、「医師と薬剤師がそれぞれの専門分野で業務を分担することによって、医療の質の向上を図る」という本来の医薬分業の趣旨が実践されていないとする指摘もあった*3
 
とはいえ、現状は薬剤師の雇用も薬局内の業務体制も、現行モデルをもとに経済合理性を追求し最適化してきている。いきなり「本来の服薬指導を!」「本来の服薬フォローアップを!」と言われても、現場には負担だ。
 
 

服薬指導アプリ/システムの活況

 
そこで競争が激しくなっているのが、薬剤師業務効率化のためのアプリ/システム業界だ。先月小欄で取り上げたMICIN(マイシン)社の「curon(クロン)お薬サポート」や、メドレー社の「Pharms(ファームス)」、メドピア社の「kakari(カカリ)」、アクシス社の「Medixs(メディクス)リモート調剤薬局™」など、いずれも電子薬歴や電子お薬手帳と連携して利便性を高めている。薬局側も大手は未来を見越して動いている*4
 
薬局の数は2018年末時点で全国5万9613店舗にのぼるが、オンライン調剤販売に対応する薬局はまだ1割強にとどまる*5。しかし、各報道によれば菅義偉首相は、調剤薬局における薬剤師の常駐義務の廃止を進める意向のようだ*6。これはつまり、薬剤師業務のオンライン化をかなりな程度、あるいは全面解禁することを想定しているだろう。
 
先述した薬局の定義変更で「医薬品の適正な使用に必要な情報の提供」となっているのも、「対面して安心するのではなく情報もちゃんと提供してくださいね」というよりは、「情報さえ提供できるなら必ずしもリアルの対面は要らなくしますよ」の意味に読めると言えば、うがちすぎだろうか。
 
 

薬剤師のアバターと『刀剣乱舞』

 
ちなみに改正で義務化された「服薬フォローアップ」は、以前から基本業務として薬剤師の間で認識・共有されている。今回あらためて法的義務に格上げされただけだ。そして、一般人の目で関連記事を追っても気付きにくいが、どの程度のフォローアップをどう行うか、つまり「この患者はこの確認だけでいい/この患者はここまでやっておくべき」の判断は従来通り、「薬剤師の薬学的知見」に委ねられている。
 
そこに気付いた後で各アプリをあらためて見ると、定型の質問に患者が答えていくだけでフォローアップが完了する――正確に言えば薬剤師対応が必要な患者とそうでない患者をジャッジできる情報が自動でそろう――サービスを目玉にしたものもある。今はまだ薬剤師が知見に基づいて情報を精査するが*7、正味な話、この部分はいずれAIに置き換わるのではないか。そして必ずしも薬剤師が対応しなくてよい(=服薬継続が確認できれば十分な)患者に対しては、チャットボットのフォローアップで済ますようになるのではないか。
 
筆者としてはこの未来を一概に嘆くものではない。ボットどころか、やがて人間の薬剤師すらアバターになって、自宅から、例えば『刀剣乱舞』のキャラクターと声で服薬フォローアップするようになれば、そのほうが服薬アドヒアランスが劇的に上がるという患者もいるだろうからだ。ある意味これは「患者中心」という対人業務の方向性の極みでもある。
 
もしくは対物業務の方向性から、最終的には型番商品の物販である以上、すべてEC化の大波にさらわれていくと見ることもできる。仮にそれでオンライン専業薬局の寡占状態――Amazon薬局?――が日本全国を覆ったとしても、事業継続性も勘案したうえでそのほうが患者に良く作用するならば、止める理由はない。
 
対人か対物か。もう一つの「医」が転換期に入ったことを、あの時「先生」はどう思っていたのだろう。
 
 
 
*1 コロナ過を受けた一連の時限措置(0410対応)とは別に進められてきた改正。
*2 オンライン診療は初診“解禁”に向け検討中(日経DI Online 2021/1/18)
オンライン診療の適切な実施に関する指針の見直しに関する検討会(厚生労働省)
*3 「厚生科学審議会医薬品医療機器制度部会」の「とりまとめ」を公表します(厚生労働省)
*4 「非対面で薬売る」クオールが挑む未来の店づくり(日本経済新聞 2021/1/23)
*5 薬局5000店、オンライン診療で調剤完結 ココカラなど(日本経済新聞 2020/12/08)
*6 菅義偉政権の規制改革、医療界への衝撃(真野俊樹氏ブログ 日本経済研究センター 2020/10/14)
*7 「医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律等の一部を改正する法律の一部の施行に当たっての留意事項について(薬局・薬剤師関係)」の「1継続的服薬指導等」-(2)-(1)
 
(ライター 筒井秀礼)
(2021.2.3)
   

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