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コラム ドクターの手帖から vol.4 患者は研究より医療を求めている ドクターの手帖から  メディポリスがん粒子線治療研究センター長/医師

コラム
 
抗がん剤や手術に加え、最新のがん治療として認知されつつある新しい放射線治療――「粒子線治療」。その第一人者である菱川良夫医師が、医師と患者の“共闘”の中からポジティブなドラマを語る連載、第4回です。
 
 

「研究」を目的とする医療機関とは

 
 今回は、がんの治療を例に、「研究」を目的とする医療機関の考え方と、私が目指す「幸せな医療」についてお話しします。
 
 がんという病気は、昔に比べると治る可能性が格段に上がっているとはいえ、まだ完全な治療方法が見つかっていません。日本では年間およそ30万人の方がこの病気で亡くなり、死因の第1位となっています。こうした事情から、がん撲滅に向けて国を挙げた努力が続けられており、最新の高度な治療では、各地の大学病院のほか、国立や県立のがんセンターのような専門機関が大きな役割を果たしています。
 
 ところで、一般にはあまり意識されていないようですが、大学病院やがんセンターの場合、治療を行う第一の目的は「研究」です。臨床での経験をがんのメカニズム解明に生かし、より確実な治療に近付けようとしています。
 いっぽう、大学以外の病院や、私が勤務する鹿児島県指宿市の「がん粒子線治療研究センター」を含め、医療機関には「研究」ではなく「医療」そのものを目的とするところもあります(私のセンターにも「研究」の2文字が入っており、研究目的の治療も一部行っていますが、詳細は割愛します)。「研究」と「医療」──この違いを知らないと、患者さんは無用な混乱に陥る恐れがあるので注意しなくてはいけません。
 
 簡単に言うと、大学病院やがんセンターでは、研究目的に合った患者さんだけを治療しようとする傾向があるのです。どういうことかというと、たとえば放射線治療の効果を厳密に確かめたいなら、ほかの治療(抗がん剤など)を行っていない人のほうが適しています。よって、この条件を満たす患者さんが優先され、それ以外の患者さんは機会を与えられないことになるわけです。
 このような制約は、「医療」を目的とする医療機関には基本的にありません。過去にどんな治療を経験しているかに関係なく、今の病状に適した方法で治療します。
 
 

治療方法を決めるのは医者か患者か

 
 「がん難民」という言葉を耳にしたことがあるでしょうか? はっきりとした定義はありませんが、医師から治療法が尽きたと宣告され、見放されたと感じている、あるいは、自分が受けてきた治療方法に納得できずにいる患者さんを指しています。
 私の考えでは、医療機関による「研究」と「医療」の違い、そして、その違いを患者さんに十分説明してこなかったことが、「がん難民」の増加を招いた要因の一つです。
 
 私が最近診た、ある患者さんの場合を例に説明しましょう。公立病院の主治医に膵臓がんと診断された患者さんから相談を受けた私は、粒子線治療と抗がん剤の併用を勧めました。さっそく主治医のもとで抗がん剤治療を始めてもらおうと思ったのですが、患者さんは近くの大学病院で粒子線治療の説明を受けた結果、その大学病院で抗がん剤治療を受けたいと希望されたのです。
 その大学病院では、「研究(治療)への参加条件」に、生検に基づく病理診断が入っていました。治療のためには、患部の一部を針などで切り取る生検が必要と説明されて、この患者さんはひどく動揺したそうです。がんだと自覚して抗がん剤治療のつもりで来たのに、今さら診断のために体に針を刺すなんて、と。
 
 ほかにも、「研究」と「医療」の違いが治療に齟齬をきたす例は、珍しくありません。たとえば、画像検査や腫瘍マーカーの数値から早期の段階で8~9割方がんと診断できる場合でも、「研究」を目的とする医療機関では、ただちに生検で白黒をはっきりさせようとします。どうしても生検が嫌だという患者さんは、研究(治療)に参加できません。
 
 要するに、「研究」を目的とする医療機関では、研究者である医師たちが「研究(治療)への参加条件」を決めるのです。しかし、患者さんによっては、9割方がんと分かった時点で早く治療を始めたいと思う方も多くいます。そういう時は、セカンドオピニオンも参考にしつつ、自分が受けたい治療を自分の意志で選択することです。条件面がネックになって大学病院で診てくれない場合は、指宿のセンターのような「医療」に主眼を置く医療機関がサポートします。
 
 

患者の意志を支える「幸せな医療」

 
 私はセンターが開業して以来、「幸せな医療の提供を目指す」と、おまじないを唱えるように繰り返し言ってきました。
 「幸せな医療」とは、患者さんがこの施設に来てよかったと思えるような医療のこと。がんという難しい病気が相手ですから、必ず治るとは限りません。けれど、可能性のある治療方法を医師がきちんと説明し、患者さん自身で納得できる選択肢が見つかったら、医師やそのほかの医療スタッフが一緒になって全力を尽くす。こんなふうに患者さんの意志を最大限尊重できれば、結果がどうであれ、患者さんにとって「幸せな医療」となりうるのではないでしょうか。
 
 大学病院やがんセンターには、今後もより優れたがん治療を生み出すことが期待されます。ただ、「研究」の名のもとに、患者さんと向き合う「医療」の部分が軽視されがちな点は、もっと議論されていいでしょう。
 患者さんの側は、医療機関について理解を深めることで、自分に最適な治療方法の選択がしやすくなると思います。「幸せな医療」も患者さんの強い意志があってこそ。大量の情報に押し流されることなく、しっかりと自分の足で歩んでいってください。
 
 
 
 
 ドクターの手帖から
vol.4  患者は研究より医療を求めている 

 執筆者プロフィール  

菱川良夫 Yoshio Hishikawa

メディポリスがん粒子線治療研究センター長/医師

 経 歴  

1974年、神戸大学医学部卒業。医学博士。放射線科専門医としてキャリアを積み、90年にヨーロッパ放射線治療学会小線源治療賞を受賞。2001年から2010年3月まで兵庫県立粒子線医療センター院長を務め、2010年4月から現職。神戸大学客員教授、鹿児島大学客員教授、順天堂大学客員教授を兼任。粒子線治療の第一人者として普及啓発活動に力を注いでいる。著書に『「がんは治る!」時代が来た』

 オフィシャルホームページ 

http://www.medipolis-ptrc.org

 フェイスブック 

http://www.facebook.com/yoshio.hishikawa

 ブログ 

http://ameblo.jp/ptrc

 
(2014.8.20)
 
 
 

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