ひとつは方言、もう1つが睡眠の話だというのが評者の持論です。どの人もどこかの土地の出身者ですし、眠らない人はいません。特に睡眠は、ある程度意識して自分のスタイルを後天的に獲得する面があります。前々回も引用した吉本隆明はユングの夢分析について、「わたしは、この項目については、じぶんの方法をもつ者として振舞ってよいとおもう」と大見得を切っていますが(中公文庫『書物の解体学』p300)、睡眠もまた、誰もが安心してドヤ顔をかませるテーマなのです。
本書は「一流だからこそ多忙を極め」「睡眠時間は簡単に増やせない」ビジネスパーソンが、それでも一流のパフォーマンスを発揮し続けるために、寝ることをいかに最強のスキルとして磨いていくかを解説した本。また、8ページで「誰にでも今日から実践できて、すぐに効果が現われ、最短で一流に近づくためのビジネススキルは間違いなく『睡眠』です」と断言されているように、これから一流になろうとするビジネスパーソンの基礎教養の本でもあります。著者の裴英洙(はい えいしゅ)氏は現役の臨床医でありながら慶応義塾大学大学院でMBAをとり、医療機関の経営支援コンサルティング会社社長としても活躍する人物。「睡眠時間をやりくりする余裕がある人の話でしょ」との反論は通じなさそうです。となれば、ここはひとつ、本書が勧める快眠戦略に倣ってみるべきでしょう。目次から一部抽出するとこんなふう。
一流は「夜」から1日をスタートさせている/若い部下にはスキルの前に「眠り方」を指導せよ/目覚まし時計の効果を10倍にする「置き場所」/布団から出れば二度寝してもいい/「魔の時間帯」を制した者が午後のビジネスを制する/25分の「投資」で完全に覚醒する/飲み会の後にラーメンが食べたくなる科学的な理由/残業後はコンビニに立ち寄らない/「体調を崩さないギリギリの睡眠時間」を押さえる/若い人でも「役員並み」に早起きする方法etc・・・
この他にも、問題の見つけ方、それへの処方箋といった実践的な内容が並びます。最近は企業でも短時間の昼寝を取り入れる動きが見られますし、部下の眠り方の指導も上司の責任のうちという指摘はいかにもシビア。自分に必要なギリギリの睡眠時間をわかっておけ、との指摘にいたっては、時には徹夜も辞さない仕事ぶりが求められるビジネスパーソンの現実への共感的理解がにじみます。そして後ろ2章は、臨床でも指導される睡眠改善のノウハウと最新知識。取り入れれば、確かに、仕事のパフォーマンスが上がりそうです。
1つだけ不満を言えば、起きている間の生産性を上げるための睡眠は取り上げられますが、「自分はいかに眠るのが好きか」「どんな眠り方が好きか、なぜ好きか」といったような、寝ることを積極的に愛好する話がもう少し欲しい気がしました。それがあってこそ、ビジネスパーソンとしての必要性を離れて、睡眠そのものの積極的な価値を評価する視点が備わると思うからです。またそうでないと、必要性や合目的性だけでは、結局は睡眠が副次的な価値のものに終わってしまいそうだからです。
まあ、もっと言えば、ぜひそうしていただかないことには、横浜の中華街で易者に手相を見せて言われた2つのこと――「あなた睡眠を大事にする人ね。こういう人は疲れを溜めないからいいわよ」と、「あなたこの相だったら、もっとお金があってもいいのにねぇ」が折り合わないという、個人的な事情もあるわけですが・・・。