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量は変わらないが額が増えた

 
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洗濯洗剤の市場が拡大しています。洗濯は衣・食・住の衣と直接関係するもの。人口が減れば食べる量が減り食品需要が縮小するのと同じで、人口が減れば着る量が減り洗濯物が減り、洗剤の需要も縮小するはず――なのに、市場が拡大しています。
 
経産省の生産動態統計調査で合成洗剤の項(粉末と液体)を見ると、2022年度の計販売額は2076億6524万円。2003年度は1773億600万円でしたから、ここ20年で17%伸びた計算です。
 
額が17%伸びる間に量はどうなったか。実は、2003年の74万7462tに対し、2022年は74万1639 tで横ばいです。1%も変わっていません。
 
量が変わらないのに額が増えたということは、単価が上がったということです。事実、今年2月の日経新聞は、その前の月の総務省小売物価統計をもとに、「洗濯用洗剤の販売価格が5年前に比べ34%上昇」と報じました*1
 
衣料用洗濯洗剤は、いわば「コモディティ商品中のコモディティ商品」です。そんな世界で商品単価を上げるのは普通は難しいはず。いったい、洗濯洗剤の世界で何が起きたのでしょう?
 
 

キーワードは高性能化・多機能化・ユーザーインターフェイス面の進化

 
調べていくと、いくつかキーワードが浮かんできました。
 
一つは「原材料価格の高騰」です。商品の容器の原料であるナフサ(粗製ガソリン)の国産価格が、コロナ前の2019年と比べて76%上がっているそうです。商品の中味の洗剤に関しても、原料となる界面活性剤の価格が2019年に比べて13%上がっているのだとか。
 
ただ、これらはたかだかここ数年のコストプッシュ型インフレからの説明です。それより、キーワードの二つめ――「商品そのものの進化」を深掘りしてみましょう。
 
こちらのキーワードは、さらに「高性能化」と「多機能化」に分けることができます。高性能化とはすなわち、洗剤の本旨である洗浄力の進化のこと。多機能化とは、生地との相性等の問題から今まで洗えなかった服が洗えるようになることです。
 
ただ、これらはどちらかというと古典的な、昔ながらのプロダクトアウト的思考からの解釈であり整理です。それはそれで単価アップの基礎として押さえたうえで、現代的なマーケットインの発想からは、商品の「ユーザーインターフェイス面での進化」を加えることができます。
 
 

液体と粉末の逆転劇

 
ユーザーインターフェイス、略してUIは、平たく言えば使い勝手の良さのこと。容器のデザインや商品のブランドイメージまでUIに含む考え方もありますが、本稿ではひとまず外し、純粋に使い勝手の良さとして捉えます。
 
そうすると、大きなターニングポイントはやはり、「粉末から液体へ」という剤型の変化だったでしょう。
 
洗濯が洗濯板と固形石鹸でするものから粉末洗剤を洗濯機の水に溶かしてするものへ変わったのは、粉末洗剤の生産量が固形石鹸を上回った1963年(昭和38年)のこと*2。液体合成洗剤はその10年後に登場しました。今から半世紀前です*3
 
その後、液体洗剤は粉末洗剤を徐々に追い上げ、2010年には一気に前年比39%伸長(販売額ベース)。翌2011年にはついに、販売量・金額ともに、年間通して液体洗剤が粉末を上回りました*4
 
背景には高濃縮タイプの液体洗剤の登場があります。粉末より剤型を小さくできる液体洗剤は、「置く場所をとらない」というUI面の優位性があります。「持ち手が容器と一体化していて持ちやすい」のも利点です。
 
また、匂いに敏感な人なら、粉末は使うときにどうしても少量吸ってしまうのが嫌という理由で液体を好むでしょう。匂いがするというのは微量ながら吸引しているということだからです。
 
 

ワンショット型が人気な理由

 
液体洗剤の快進撃は2011年以降も続き、読売新聞の去年10月の記事によれば、2022年の洗濯洗剤市場における液体型のシェアは7割です。粉末は1割に沈み、残り2割をワンショット型が占めます*5
 
ワンショット型とは、2014年にP&Gジャパンが発売したジェルボール型や、昨年夏に花王が発売したスティック型のような、ポーションタイプの剤型のこと。日経新聞が報じた「5年で34%上昇」という近年の急激な価格の伸びは、このワンショット型の人気によるもののようです。
 
先述の日経新聞は、調査会社が指摘する「家事メンバーの多様化」が、ワンショット型が増えた理由の一つだと解説します。記者がせっかくオブラートに包んだ記事の文章を、今平たく言い直せば、つまり、こういうことのよう。↓↓
 
〔コロナ下で在宅時間が増えた⇒洗濯労働は妻に丸投げだったことが夫に可視化された⇒夫も洗濯をするように⇒夫は妻ほど洗濯にこだわりがなく知識もなく、テキトー⇒ラクな剤型が選ばれる〕
 
ただ、ワンショット型の問題点は、ポーションタイプの宿命で、洗濯物の量=水量に応じて洗剤の量を調節できないこと。Amazon売れ筋ランキング1位の商品を例にとれば、水量30リットル~65リットルにつきジェルボール1個で対応することになっています(花王のスティックタイプも同様)。
 
筆者の家の洗濯機は5.5kg/満水量37リットルですが、仮にこれに使うとなると、次回28リットルぶんの水に使える量を毎度捨てることになります。世帯人数が少ないご家庭や、毎日こまめに洗濯したい人、また、節約エコエコ志向の人――合理的思考タイプとも言えます――には、ワンショット型は不向きだと言えそうです。
 
 

本当の高付加価値化とは

 
そこで液体型に戻り、2011年に年間通して粉末を抜いたその背景を調べてみると、「節電」というキーワードが浮上しました。
 
節電、そして2011年――。そうです、東日本大震災で福島原発がストップし、国の要請で関東と東北を中心に全国で実施された、あの大節電です。
 
日本石鹸洗剤工業会の資料によると*6、経産省はこの年、節電に役立つ製品として、1回すすぎタイプの洗濯洗剤を推奨。会も会員企業の当該製品をホームページで紹介するなどし、国の施策を後押ししました。
 
「すすぎ1回OK」は、水に溶けやすく(=親水性が良く)、洗浄成分が繊維に残りにくい(=非イオン系界面活性剤の配合割合が高い)液体型の、標準的な機能です。
 
また、節電と節水は洗濯機側の使命でもあります。注3で参照した国立科学博物館の資料を通読すると、日本に限らず欧州やアメリカのメーカーがいかに自国の地域性・民族性・社会に合わせて洗濯機(方式)を発明し、改良を重ねてきたかがわかります。ちょっと感動するくらいです。
 
高機能化と多機能化、UI面での進化、そして社会からの要請――。それらに全対応して初めて、本当の意味で商品の高付加価値化でしょう。その結果で単価が上がるなら納得しますが、近年のそれは、はたして?
 
 
*1 洗濯洗剤、タイパで選ぶ 5年で34%上昇 共働きで家事分担 衛生意識向上、高機能に支持(2024年2月15日)
*2 登場から46年、ついに粉末に追いついた液体洗剤(『CLEAN AGE』225号・日本石鹸洗剤工業会)
*3 洗濯機技術発展の系統化調査(国立科学博物館 技術の系統化調査報告Vol.16 2011.March)p196
  戦後「せんたく洗剤の歴史」粉末からジェルボール、容器の変遷(となりのカインズさん・2020.06.24)
*4 洗濯用液体洗剤が粉末洗剤を逆転… 2011年の製品販売統計から(『CLEAN AGE』229号・日本石鹸洗剤工業会)
*5 洗剤販売額が10年で3割増、計量不要な「ワンショット型」好調…「多少高くても高機能な商品使いたい」(2023/10/13)
*6 節電・節水に役立つ「1回すすぎ」の洗濯用洗剤(『CLEAN AGE』227号)
 
 
(ライター 横須賀次郎)
(2024.7.3) 
 
 

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