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そも所有とは?

 
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ごんちー / PIXTA
家電サブスクが増えているそうです。それも趣味の家電ではなく生活家電で。
 
生活するのに必要な基礎家電といえば、洗濯機・冷蔵庫・電子レンジが“三種の神器”でしょうか。「いやテレビは要るっしょ」「掃除機じゃないの?」という声が上がりそうですし、家のすぐ近くにコンビニがある人は冷蔵庫が抜けるかもしれません。人によっては洗濯機こそ真っ先に要らないと言うでしょう。共用の洗濯機がある集合住宅も多いですしね。
 
家電サブスクと似たサービスで家電レンタルもあります。ただし、サービス運用側の事業者ならともかく、利用者にとっては、サブスクとレンタルを区別することにさほど意味はなさそうです。借り始めて一定期間が過ぎると法的にも所有権が移るリースにいたっては、利用者はレンタルから一足飛びにオーナーになるわけで、そう考えると住宅ローンすら「所有権が最初から移転しているリース契約」と言えることになります。ここまで来ると、「そも所有とは?」と哲学的ギモンに発展しそうです。
 
 

試せることの価値

 
ともあれ家電サブスクです。生活家電のレンタルないしサブスクは、従来は、一人暮らしを始めたい人が初期費用を抑えるため、もしくは、単身赴任等で仮住まいの人が買ってまで手に入れても無駄になるから、という理由で利用するケースがほとんどでした。
 
それが現在は、「高性能・高機能型家電が自分の生活シーンに合うかどうか試したい」(★新利用形態1)、「高付加価値型家電が自分の気に入るかどうか試したい」(★新利用形態2)といった理由で利用するケースが増えています。一言でいえば、「試す」(試せる)ことのほうが「所有コストを抑える」ことよりも意味がある状況になりつつあります。
 
これは消費者心理として見れば、少なくとも理屈の上では、インフレマインドと言えそうです。所有コストを抑える(下げる)ことが自己目的化し、他のあらゆる価値を上回ってしまう心理状態をデフレマインドと呼ぶならば、その対極にあるからです。
 
ということは、サービス提供側からすれば、「試せる」ことの価値にアクセスしやすくする戦略が正解だということになります。高性能化・高機能化・高付加価値化によって「試せる」ことの価値は自然に上がるから、上がったから、あとはアクセスしやすくすればいい。――なるほど、プラットフォームビジネスが流行るわけです。
 
 

高機能化・高付加価値化した生活家電

 
今仮に、「家電サブスクの増加は家電製品の高機能化・高付加価値化によるものだ」という仮説を立てるとして、その妥当性は経産省の外郭誌「METI Journal ONLINE」2019年10月24日の記事で確かめられます。
 
「統計は語る 高機能化 高付加価値化が進む国産家電」というタイトルのその記事によると、経産省では、鉱工業指数「電気機械工業」の品目として「電気がま」「電気冷蔵庫」「クッキングヒーター」「電気洗濯機」「電気掃除機」の5品目で統計をとっており、それによれば、2000年から2018年にかけて洗濯機と掃除機は4分の1程度まで、冷蔵庫は半分未満まで、電気炊飯ジャーは4分の3弱まで、生産数が減っています。その反面、1台あたりの生産単価は電気炊飯ジャーが1.5倍、冷蔵庫が約1.6倍、掃除機が約1.4倍、洗濯機は2倍弱まで上がっています。
 
買う側の実質所得(平均ではなく中央値や最頻値)はその間に何倍まで伸びたっけ・・・? と考えると、家電サブスクが増えているのはもしかして、生活家電が購入品目としては贅沢品になり、少額の利用料で月ごとに借りる品目に変質したから、という解釈も浮上してきます。
 
 

中古家電市場の急成長はデフレマインドのせい?

 
仮にこの見方に立てば、中古家電(リユース家電)の市場が近年急成長しているのも納得できます。経産省「経済センサス・活動調査」によれば、2016年の「中古電気製品小売業」の年販売額は756億円で、2014年比94.3%増加。たった2年でほぼ倍です。まさに急成長です。
 
では、中古家電(リユース家電)を買いに来る人はデフレマインドに駆られているのか。そうとも言えないと思います。買い上げてまでその製品を所有することに対価を払うわけで、それと比べれば、家電サブスク紹介サイトが「こういう使い方もできますよ」と勧める通り、あるいは家電サブスク業者が謳う通り、その製品が生活シーンに合うか気に入るかどうか試すためというよりも、単に、常に最新型を使いたいから――でもそのことへの対価は抑えたいから――という理由でサブスクを利用する人のほうが、よほどデフレマインドでしょう。
 
もう一度「所有」をめぐる哲学が頭をもたげてきます。このタイプの人――★新利用形態3「常に最新型を使っていたいから」――に、モノへの愛着心は育つか。育たないと思います。それがいけないとは言いません。ただ、自身の消費行動の在り方が供給側の産業構造を左右する力を持つことには自覚的でありたい。音楽を筆頭に、コンテンツ産業におけるクリエイターの地位の凋落ぶりを見るにつけ、そう思います。
 
 

愛着の生まれ方はそれぞれ

 
ちなみに筆者は、今使っている洗濯機は中古家電ショップで買ったものです。中古といっても店頭展示されていたから新品扱いできないだけで、いわゆる新古品。購入時点で軽く5年は型落ちしていたでしょうか。でも良いのです。気に入っています。
 
何が気に入ったのかと聞かれれば、内側がステンレス槽で汚れが付きにくいことの他には、「新古品」という聞き慣れないカテゴリーの不思議さと、展示品という、個体としての履歴の特異さだったと思います。家電量販店のあの広いフロアで、他の洗濯機仲間に埋もれながら、バタンバタンと試しに蓋を開け閉めされながら、閉店時間にはやれやれ今日も終わったと眠りにつき、幾年月。やがて型落ち品買い取り業者の手に引き取られ、以前とは随分雰囲気の違うスペースに置かれ、ある日筆者の目に留まり、我が家に来ました。
 
筆者のは少し変わったケースですが、愛着の生まれ方なんて人それぞれです。「試せる」ことへのアクセスしやすさから生まれる愛着も星の数ほどあるはず。試して気に入って買い上げた製品をその後も長年使い続ければ、きっと愛着は生まれます。
 
家電サブスクの新利用形態1と2の人にはこの展開が待っていると思います。その人たちと、その人たちのもとに出される子たちの未来が、幸いでありますように。
 
(ライター 横須賀次郎)
(2023.11.1)
 
 

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