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◆鉄の女・サッチャーと安倍政権

 
 2013年4月8日、”鉄の女” と呼ばれたサッチャー元イギリス首相の訃報が飛び込んできた。サッチャー女史は1979年5月に首相となり、電話・ガス・空港・航空・水道等の国有企業の民営化や規制緩和、金融システム改革を掲げ、精力的に実行に移していった。これらの政策は 「サッチャリズム」 と呼ばれた。
 実は、イギリスは1976年に財政破綻を経験している。同じ二次大戦の戦勝国であるアメリカや、敗戦国でありながら後に欧州の主要経済大国になったドイツと比べ、IMFから融資を受けざるを得ないまでに追い込まれたのは、複数の要素があるとしても思い切って粗描すれば、「大英帝国」 時代の慢心と保守の精神が残っていたせいで変革が遅れたからである。そこに保守・強硬を旨とするサッチャー政権が現われた。この状況は、「失われた20年」 の停滞を経て同じく保守・強硬を前面に出す安倍政権が現われた現在の日本と重なる。
 
 

◆質より量?「大胆な金融緩和」

 
 停滞した日本の経済状況を打破すべく、第2次安倍内閣は 「大胆な金融緩和」 「機動的な財政政策」 「民間投資を喚起する成長戦略」 を推し進めるとしている。
 2013年3月20日、日銀の新総裁に就任した黒田東彦氏は、就任後初の経済財政諮問会議で 「物価安定を実現すること」 が日本銀行の責任であることと、「大胆な金融緩和政策を推し進めていくこと」 を明言した。そして4月4日には 「市場参加者の常識を超える巨額の資金供給」 を行うと発表。白川前総裁の時代に行われていた金利操作をメインとする方法に頼るのみではなく、「資金供給量を2年間で倍増させる」 という量的緩和に踏み切った。
 この決定が市場関係者に与えたインパクトは大きく、同5日の日経平均株価は一時、前日比591円高となる13225円63銭まで上昇、売買高も64億株を超え過去最高を記録するなど、市場は活況となった。現在もその勢いは続いており、企業者や消費者が 「投資したくなる」「消費したくなる」 状況をつくろうとする 「黒田‐安倍」 の新タッグの目論見は、まずは順調であるかに見える。
 
 

◆アメリカの先例

 
 金利操作を行うだけではなく資金供給量を増加させるという金融緩和政策が一定の成果を上げた例としては、リーマンショック後のアメリカ政府の対応がある。「非伝統的金融緩和」 と呼ばれたこの手法はどんなものだったか、日本の金融政策の今後を占う意味で見てみよう。
 
 まず第一弾として、金融危機の発端となったサブプライム・ローンの処理のために、住宅ローン担保証券(MBS) を1兆2500億ドル購入したことを始め、米国債などの資産をFRBが購入し、1兆7250億ドルが市場に供給された。しかし実体経済はこれだけでは上向きとならず、量的緩和政策の第二弾として、2010年11月から2011年6月にかけて6000億ドルが市場に供給された。このことと、包括的減税案の実施により、アメリカの消費者物価指数は2008年の平均値215.25から、2009年には214.57に一時下落したが、2010年には218.09、2011年には224.94と改善の傾向を見せた。
 
 いっぽうで失業率に関しては、2010年10月に10.1%とピークであった数値が、2011年6月には9.2%とわずかに改善した。が、実体経済を押し上げる効果にはとぼしく、2012年9月には雇用の活性化と経済情勢回復のため、量的緩和政策の第三弾が実施されることになる。以来、雇用市場が改善されるまで期限を設けず、月額400億ドル規模の住宅ローン担保証券を買い取る緩和策が、2013年5月現在も続いている。
 
 

◆成熟時代の実体経済

 
 日本の社会は、高度経済成長期を経て成熟化したと言われている。成長期には 「社会が成熟することで、衣食住に困ることがなくなり、好きなことができるようになる」 と信じてがむしゃらに頑張ってきた人々が多かった。しかし、経済が成熟期を迎えるということは、「国内の財・サービスが飽和状態になる」 ということである。成長期と同じ戦略ではそれ以上の経済発展が望めないと考えた産業界では、市場を海外に求める動きが加速した。
 日本の企業は95%以上が中小企業で、その多くが大手企業の下請けである。円高が続く状況で輸出戦略を強化した大手企業や、国内市場で過当競争を生き抜こうとした大手小売業者らは、製造コスト・販売コストを削減する必要に迫られた。いきおい、下請け企業からの買い入れ価格が抑えられ、下請け企業の利潤は減少し、そこで働く人々の賃金は低下。人々の消費意欲は停滞し、さらなる販売価格の引き下げを行わなければものが売れないという悪循環に陥っていった。つまりデフレである。
 
 この流れを踏まえ、安倍首相は2013年2月5日の経済財政諮問会議、同12日の意見交換会(経団連、日本商工会議所、経済同友会のトップが出席) など、様々な機会において 「デフレ脱却のためには賃金引き上げが不可欠である」 という主張を繰り返している。アメリカは雇用、日本は賃金。両国とも、実体経済における重要な指標に目を向けているようだ。
 
 

◆インフレ期待――懸念材料は?

 
 安倍政権が2%という具体的なインフレ目標を掲げたことで、企業や消費者の間に 「インフレ期待」 が生まれた。日本では超高齢化が進んでおり、定年退職後死ぬまでに必要な生活資金の総額が増える傾向にある。そのため、定年退職をすれば退職金や年金などに収入源が限られる人は、「インフレが起こるなら、なるべくお金を使わず、物価が上がっても生活が成り立つようにしよう」 と考える可能性がある。
 
 しかし、インフレが起こるということは、「現在ある現金の価値が、将来は低くなる」 ということでもある。たとえば、現在100万円の現金で購入できる財・サービスが、102万円、103万円と支払わなければ購入できなくなるということなのだ。そのため 「現金貯蓄をできるだけ確保しよう」 という考えでは、インフレリスクを回避することはできない点に注意が必要だ。いっぽうでインフレリスクについて知識がある人々は、金・プラチナなどの資産運用の要素が強い商品か、あるいは海外債などを購入するほうに走り、一般の消費財の需要を押し上げるのに貢献してもらえないことが考えられる。
 
 また、企業に関しても、大手はすでに製品などを海外で現地生産する体制を固めており、しばらくはその体制が続きそうだ。設備投資の軸足を海外に置かれると、金融緩和の国内での効果が限定的に終わってしまう。消費と生産の両局面で、金融緩和とインフレ期待が、本当に 「期待」 で終わってしまう懸念があるのである。
 
 

◆次のトピックは6月の成長戦略

 
 安倍政権は経済政策の 「3本の柱」 の一つとして、「民間投資を喚起する成長戦略」 を掲げている。この戦略が本当に実現可能なものなのか、どのような恩恵をもたらしてくれるものなのかが明確にならなければ、民間企業や投資家のモチベーションが保てなくなるだろう。
 この点について政府は、2013年6月をメドに、2030年の日本の 「社会のあるべき姿」 を前提として次の四分野の成長戦略を策定することになっている。
 
 「国民の健康寿命の延伸」
 「クリーンで経済的なエネルギー需給の実現」
 「安全・便利で経済的な次世代インフラの構築」
 「世界を惹きつける地域資源」
 
 今はまだ抽象的で曖昧な表現にとどまっているこれらが具体的な絵図を示したとき、賃金と物価が相関して上がっていく健全なインフレの序幕が開くか、どうか。
 「民間投資を喚起する」 という文言があえて付けられている点から、安倍政権が “第三の矢” である成長戦略をいかに重要視しているかが伝わってくる。今後の成長戦略の明確化により、金融緩和によるデフレ脱却が本格的な経済成長へつながることを期待したい。
 
 
(ライター 河野陽炎)
 
 
 
 

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