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◆ ユニクロの「10万人応援プロジェクト」

 
 昨2011年に引き続き、ユニクロが 「10万人応援プロジェクト」 を展開している。これは 「暖かさでこの国をもっと元気にしたい」 というテーマで自薦他薦含めた応募をつのり、その中からユニクロが選んだ人あるいは団体に、同社の 「ヒートテック」 を計10万着寄贈するというものだ。昨年は仮設住宅や避難地で冬場を過ごす東北の罹災者たちへの意識が全国で共有されたこともあり、「暖かさでこの国を元気に」 とのテーマは説得力を持って迎えられた。
 ユニクロ (ファーストリテイリング社) にとって、ヒートテックは同社の屋台骨を支える看板商品である。人体が発する水蒸気を熱に変換し、繊維層で保温する、という新機能により、ヒートテックは2003年、コモディティ商品だった肌着のジャンルに 「温感商品」 という新しい市場を拓いた。以来、右肩上がりで売り上げを伸ばし、2011年には約1億枚を売り上げ、今冬は1億3000万枚を目標に掲げて、さらなる売り上げ増を狙う。
 企業が利潤を確保する手法には、「材料費などの経費を節減する」 「人を切り人件費を浮かせる」 など様々な方式がある。それらはいずれも、もっぱら収益性の管理によって利益を確保する経営手法だが、イノベーションにより市場そのものを創造していく手法こそ、もっともファンダメンタルな王道といえる。同業各社の追随を促し、「温感商品」 の市場を確立させたヒートテックは、近年成功したイノベーション商品の好例である。
 
 

◆ ウォークマンと3Dテレビ

 
 歴史上もっとも成功したイノベーション例の一つが、ソニーの 「ウォークマン」 である。1972年に当時の盛田昭夫会長の決断により市場に投入されると、瞬く間に若年層の心をつかみ、当時の若者の必須アイテムとなった。ウォークマンが創造した 「どこででも音楽を楽しむ」 というライフスタイルは、その後世界中に広がり、一つの文化を築いた。ソニーにとっては、ブランド力を世界に知らしめる広告塔としても大きな役割を果たした。近年でも、ハイブリッド技術により市場を拓いたトヨタのプリウスなど、元気のある企業には革新的なイノベーション商品が登場する。
 そのいっぽう、経営から積極性が失われた企業が注力するイノベーションにおいては、大きな失敗例も見られる。代表例が3Dテレビだ。ロンドン五輪に合わせ、家電各社が一斉に販売攻勢をかけたが、消費者の反応は鈍く、通常なら平年の1.3倍に上るといわれるオリンピックイヤーの売り上げ台数にほとんど貢献していない。プリウスと同じ自動車では、EVとして売り出した日産 「リーフ」 の売れ行きが生産可能台数を大きく割り込むなど、苦戦を強いられている。
 
 

◆ イノベーションの成否を分ける経営力

 
 では、成功するイノベーションと失敗に終わるイノベーションの違いはどこにあるのだろう? 端的に言えば、きめ細かな市場ニーズの把握が決め手となる。ヒートテックは 「軽量で暖かい下着がほしい」 という老若男女にとってほぼ普遍的なニーズをくみ取る商品として市場に適合した。それまでの防寒衣類は暖かさと分厚さ、さらには価格までも比例するものだったため、若年層の購入は限られていた。こういった既存の下着と比較して、ヒートテックのメリットは大きく、デメリットはほとんど見当たらない。
 ウォークマンの開発に当たっては、それまでテープレコーダーには必須と思われた録音機能を廃してまで、徹底的な小型化と音質が追求された。顧客である若年層にとって必要な要素を的確に読みとり、明確に商品化したのだ。
 こういった成功例に照らせば、失敗例の敗因は明らかだ。3Dテレビの場合、先進的なAV機器に飛びつく層はすでにテレビを見限り、パソコンで映像を視聴する。視聴に専用眼鏡を要するデメリットは、目が疲れやすい高齢者ではより大きくなる。誰にどういうメリットを売り込みたいのか、メーカーの戦略がまったく見えてこないのだ。日産リーフの敗因は航続距離にある。実用レベルでは、一度の充電で120km程度しか走れない。全国1200ヶ所に急速充電器を備えるというが、夜間は利用できない場所があるなど、一般的な感覚では 「不便」 が 「ニーズ」 を上回る。
 利便性と価格、デメリットを冷徹にはかりにかけて、ニーズは生まれる。ニーズの特性や規模を読み取り、適合する商品を戦略的に送り込む経営力こそ、イノベーションの成否を分ける鍵となる。
 
 

◆ 温感商品市場は第二段階に

 
 イノベーション商品として成功を収めたヒートテックだが、そのままで長く売り上げを維持できるわけではない。昨今は大手流通業やミズノなどのスポーツメーカー、しまむらなどの服飾販売企業が同様の温感商品を手がけるようになった。
 水蒸気を熱に替える基本システムに違いはなく、ファッショナブルなテレビCMも似ており、見分けがつかない。消臭や速乾性など付加価値的な機能も類似しているため、消費者にとって基本的には、「低価格」 が最大の魅力と化している。このまま価格のたたき合いが始まれば、利益率がズルズルと落ち込むことも予想される。差別化を図るべく、ユニクロでは今期、柄やスタイルのバリエーションを充実させ、ヒートテックをそれまでの下着から、ジャケットの下に着る 「見せるインナー」 へと、位置づけを転換する戦略を打ち出している。
 2011年1月にネットリサーチ企業 「ディムスドライブ」(東京品川区) が行った調査では、実に89.1%の人が同社の 「ヒートテック」 を認知している、という結果が見られた。2位のイオン 「ヒートファクト」 (42.9%) の2倍以上となっており、発売から8年を経てなお、先行企業としてのブランド力は健在だ。他社の参入によりうまみは薄れつつあるものの、初期の独占市場における爆発的な売り上げと、ブランドの確立というイノベーションのメリットは、十分に堪能した結果になっている。
 
 

◆ 求められるダイナミックな決断力

 
 イノベーションは、収益の分母である売り上げを拡大して利益を出す、企業活動におけるもっともファンダメンタルな手法である。成功の鍵となる要素は、上述したニーズの読みとりに加え、チャレンジするトップの果断な決断力と、それを支える組織力・技術力にある。日本経済は長く低迷状態にあるが、企業の組織力・技術力は依然、世界でもトップ水準と評価される。欠けているものがあるとしたら、それは経営者の決断力だろう。
 人を切り本社機能を縮小化することが最近の流行である。たしかに大きなコストを要するイノベーションには 「ギャンブル」 の要素があることは否めない。リスクを避け、身を縮めて冬の時代をやり過ごそうと考えるのは、一つの方針だろう。だが人切りによって失われた組織力・技術力は容易に戻らない。そのリスクを考えれば、先の展望がないまま、ただ失敗しないよう身を縮め続けることも、やはり一つの賭けでしかない。
 
 英語圏では人を評する際、もっとも価値の高い賛辞として、「Dynamic」 という形容を用いる。松下幸之助氏にしろ、本田宗一郎氏にしろ、後世に評価される経営者には、あまねくこの表現が当てはまる。現在、この賛辞に値する 「動的」 かつ 「雄渾」 な経営者がソフトバンクやファーストリテイリングなどの新興企業にしか見当たらない、とする声が、ライバルである中国などからも上がっている。困難な時代だからこそ、来る新しい年には、Dynamicな経営者が数多く登場することを期待したい。
 
 
 
(2012/12/1)
 
 
 
 

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