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◆ 「スモール アンド コンパクト」

 
 たとえば日常ひんぱんに使っているパソコン、それがいきなり壊れたら!? ユーザーがメーカーに修理を頼むには、かさばる機体を抱えて購入店舗などに持ち込む必要があるし、修理完了まで通常1週間以上待たなければならない。その労力と手間、何よりも無駄は、単に不便というだけでは済まないだろう。
 あるいは通販業者。早く届けねばならない注文が深夜に発生したとき、24時間人が活動している現代にあっても、リアルタイムの対応は難しい。発送側はいら立ちを抱えながら、配送取次店のシャッターが開く時間まで待たねばならない。
 これまで常識とされてきたこのような不便を解消する取り組みを、物流大手のヤマトホールディングスや、傘下に佐川急便を抱えるSGホールディングスが始めている。ともに現象面の裏にあるのは、「顧客」 という局面と 「サービス・サプライ」 という局面の隔たりを、固定されたものと思わず、積極的に近づけようとする動きである。
 
 そのキーワードとなるのが 「スモール&コンパクト」 だ。
 そもそもこの発想は古くから日本人の得意とするところである。たとえば茶室は4畳半というスモールな空間に 「おもてなしの哲学」 をコンパクトに収め、気配りと作法、茶道具の完成度でその密度を高める。同じもてなしでも、空間を大きく使って華美壮麗を競う西洋の迎賓館とは原点から異なる。
 日本の製造業は、こういった “民族の魂に刻まれた” とも言うべき性向を生かして大成功を収めてきた。デジタルカメラや携帯オーディオ、コンパクトカーなど、他国の発明品を真似ただけ、と揶揄されもしたが、「スモール&コンパクト」 化を一段先に進めることでまったく別物と呼べる製品を生み出し、それが世界の市場を席巻してきたことも事実である。
 
 

◆ 「より遠くへ、より速く」からの脱却

 
 長らく製品=モノについての概念だったこの 「スモール&コンパクト」 が、「局面を接近させる」 という発想に形を変えて、現在さまざまな分野で花開きつつあるように見える。その代表が、冒頭で紹介した物流大手の取り組みだ。
 これまでの物流は顧客とサプライヤーの間を媒介する存在として、間にある物理的・時間的距離を踏破して 「より遠くへ、より速く」 運ぶことを追求してきた。それがこれからは、自身がサプライヤーになって 「顧客」 という局面の近傍で――理想は隣接して――機能してしまおうとしているのである。これは質的にまったく新しい発想だ。
 
 ヤマトホールディングスの例を詳しく見てみよう。2008年10月から始められた家電修理サービスでは、電話一本で壊れた製品を引き取りに来てくれる。製品はメーカーに回らずヤマトの物流拠点で修理され、ユーザーの玄関先に届けられる。結果、通常は製品が手元を離れて戻ってくるまでに1週間から10日以上かかっていたものが、最短で3日に短縮される。このサービスはメーカーにとってもメリットが大きい。アフターサービスをパッケージでアウトソーシングできるからだ。「現在はメーカーも雇用を守る観点から修理部門を社内に抱えていますが、5年以内には負担軽減を求めてアウトソーシング化する動きが加速するはずです」 とヤマトの担当者は語る。
 佐川急便は今年のテーマに 「エリアビジネス」 を掲げる。これはスモールな地域単位できめ細やかな対応を行い、ニッチなニーズを拾っていく戦略である。具体的なサービスの一つに24時間集荷がある。午前3時までに電話で集荷を依頼すれば深夜でも引き取りに来て、日付が変わらないうちに全国の主要都市に配送が可能だ。中小の通販業者などには受注から納品完了までの契約サイクルを短時間で完結させたいニーズも多く、結果的に佐川のサービスが商品力の向上に寄与している。今後はこの早さを前提にした新しいタイプの売り方と、早さを戦略的かつ効果的に購買意欲につなげる商品も、増えてくるものと思われる。
 
 

◆ エネルギー問題打開の鍵にも

 
 「局面接近」 の発想は、今後のエネルギー問題においても大きな可能性を秘めている。
 原子力発電所を筆頭に、水力発電所など大規模発電所の多くは消費の局面から遠い地方にある。しかし、送電線が長くなればなるほど電気抵抗によって電力は失われる。この送電ロスは平均すると約5%にものぼるが、仮に 「発電」 局面と 「電力消費」 局面を近接――理想は隣接――させることができれば、送電ロスはゼロになる。
 これを実現した形態としては、家屋やビルの屋根に発電パネルを載せた太陽光発電や、ガスによるコージェネレーション発電が一般に普及しつつあるが、それ以外に、工業用の排水路や農業用の用水路などで発電可能な小水力発電装置、家庭のベランダに設置できる風力発電装置などもある。こういった技術が普及すれば、電気は遠隔地から送電されるものではなく、消費地で発電してそのまま使うもの、という考えが常識になるはずだ。
 最近話題のスマートグリッドも、スモールでコンパクトな (小さく完備された) エリア単位を成立させるための技術ととらえられる。リアルタイムの電力使用状況を家庭ごとなど最小単位で把握し、分析、予測することで、供給の無駄をなくす。さらにエリア単位で発電・蓄電・消費を管理し、融通することで、エネルギーの需要と供給を最適化する。つまりスマートグリッドの働きの本質は、発電と消費という、従来は離れていた局面どうしの情報的な隔たりを接近させる――理論的にはゼロにする――ことにある。
 
 

◆ 官邸前デモは局面接近の象徴

 
 政治面でも 「局面接近」 を求める動きが見られる。こちらの主役はサプライヤーではなく、消費者である市民だ。
 その象徴が、毎週金曜日に行なわれる官邸前デモである。これまで 「政治」 という局面は 「市民生活」 という局面にとってはるか彼方に鎮座していた。政治家がいかに市民派を名乗ろうと、数年に1度の 「選挙」 という細い糸のみでつながる存在を身近に感じるのは難しい。それが2012年、原発問題により、状況はコペルニクス的転回を迎えた。数万人規模の市民が首相官邸前に接近して政治的な主張を叫ぶ姿は、日本でいまだかつて見られたことがないものだ。
 現在はまだ不信や怒りといったネガティブなエネルギーが燃料だが、政治という局面に直接詰め寄る動きには、明らかに新しいムーブメントが感じられる。
 こういった変化を敏感に感じ取り、波に乗ろうとしているのが橋下徹大阪市長だと言えるかもしれない。彼が提唱する道州制は、行政区画をコンパクトに完結させることで政治を市民に近づけようとするものだ。その意味で、一時期のブームに終わった観のある地域通貨の可能性についても、もう一度論じられるべきタイミングが来ているのではないか。
 
 

◆ ITインフラが整備された社会の必然

 
 ここ20年来、もっとも大きな社会的変化はITインフラの急激な整備である。クラウドやSNSなどにより、人は物理的にそれぞれの場所にいてなお、大きなネットワークとつながっており、大量の情報に触れている。そして、実はそういった市民こそ、「局面接近」 の発想が秘める様々な可能性に敏感なのかもしれない。ITインフラの進展は、これまで自明とされてきた局面の 「操作」、もしSFめいたイメージが許されるなら次元の操作とすら、相性がいいかもしれないのだ。
 サプライヤーにとっても、このトレンドをみすみす見逃す手はないだろう。ここ数年のプライベートブランドの隆盛も、流通小売が範を超えて製造局面を内包した動きと捉えることができる。環境、意識、ニーズすべての要素で機は熟している。固定的に見える局面を疑い、その積極的な操作をベースに見直せば、無限にわくアイディアから、ビジネスを活性化する次の一手を生み出せるはずだ。
 
 
 
(原案 編集部 / 構成・執筆 谷垣吉彦)
 
 
 
 

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