第4回 悪のラテラルシンキング
こんにちは。木村尚義です。ロジカルシンキングと対になるラテラルシンキングを紹介するこの連載、第4回になりました。冒頭は、すっかり恒例ですね。そうです。今回も謎かけから始めましょう。
あなたは旅先で高級ホテルに泊まりました。宿泊客がかわるたびに部屋の調度品の隅々まで拭き掃除をするような超高級ホテルです。部屋には備え付けのセーフティボックス、つまり金庫があります。お財布を入れてきちんと扉を閉めて暗証番号をセットして、ジョギングに出かけました。ところが、部屋に帰ってきたらセーフティボックスの扉が開いています。どうやら暗証番号が知られたようなのです。
犯人はどうやって暗証番号を知ったのでしょう? 知られないための対策は?
ラテラルシンキングの手法「事例を抽象化」
正直にいうと、実は今回の内容は書こうかどうか迷いました。ラテラルシンキングは法律も含めて常識という前提を無視した思考法です。それだけに、法を犯していなくても倫理的にどうなのかということも多々あるからです。
とはいえ、包丁も使い方によっては凶器にもなりますし、正しく使えば便利な道具です。そう思い直して、今回はあえて、悪いラテラルシンキングの使い方の例を紹介することにしました。皆さんには、これから出す事例を抽象化して、良い応用に活かしていただければと思います。
〔事例〕 バンクシーというグラフィティ・アーティストがいます。バンクシーは仮の名前で、英国ブリストル出身のロバート・カニンガムらしいということまでで、本当のところはわかりません。バンクシーの活動は公共施設にこっそり忍び込み緻密な落書きを施すことです。さらには、メトロポリタン美術館や大英博物館に勝手に自分の作品を展示してしまったこともあります。こうしたゲリラ芸術によって知名度が上がり、彼(彼女?)の絵はオークションでも高値で取り引きされるようになりました。なにしろ彼(彼女?)の絵を汚れと見なす人は片っ端から消してしまうので、皮肉なことに稀少な作品となっているのです。
このバンクシーの手法をラテラルシンキング流に抽象化して応用します。
*バンクシーの手法その1「ウソ情報を流出させる」
情報というものは、絶対に漏らさないのは難しいものです。なんといっても、情報が使われてしまったとき、はじめて漏れたことがわかるので、気付いたときには手遅れです。漏れても大丈夫なようにするための対策は、複数のウソ情報であるダミーも流布させておくこと。バンクシーの正体が謎に包まれているのは、いくつもの情報が錯綜しているからなのです。情報が1つであれば、これだ! とわかってしまうので、ダミーをいくつも流して、どれが本物かわからなくしてしまうのです。
例えば銀行の預金通帳です。防犯の常識としては「預金通帳と印鑑は別に置く」です。常識はその通りなのですが、もし、空き巣が預金通帳を見つけたとすれば、次に、別に隠している印鑑を探すでしょう。探しついでに貴金属など別のお宝も盗まれてしまうかもしれません。そこで、逆に不心得者をペテンに掛けます。いっそのこと預金通帳と印鑑を一緒に置いておけばどうでしょうか。もちろん、通帳も印鑑もダミーです。泥棒に目的を達成させてあげることで二次被害を防ぐのです。実は一次被害もこうむっていないことは言うまでもありません。
*バンクシーの手法その2 「人が集まるところを狙う」
バンクシーの手法を応用すれば、新商品のPRにも使えます。いまや、商品PRは至難の業。たくさんの新製品があふれており、埋もれてしまうからです。
バンクシーは公共施設に忍び込んでは絵を描きました。これを応用します。例えば、新製品のお菓子のPR。こっそり忍び込む必要はありません。施設のゴミ箱に、ゴミ箱からあふれるくらい、新製品の空箱を捨てるのです。(清掃員の方にはゴメンナサイ!)とにかく人の集まるところで大量に空き箱を捨てます。ゴミ箱に捨てられているということは誰かが食べた証拠ですから、興味をひくでしょう。施設の外ではそのお菓子の屋台を開いてお客さんを待ち構えます。
*バンクシーの手法その3「勝手に自分の作品を展示」
新商品はメディアに取り上げてもらえるのなら幸運なのですけれど、そうそううまくいきません。売れた実績がない商品は量販店では扱ってもらえません。量販店のバイヤーと面会を求めても同業社が「門前市を成す」という状況です。
それでは、バイヤーをパスして商品を並べてもらうにはどうすれば良いでしょうか?
もう、おわかりですね。勝手に商品を展示してしまうのです。お客さんがレジに持って行けばしめたもの。バーコードが登録されていないわけで、どうしたってエラーになります。すると仕入れ先はどこだということになり、量販店のバイヤーの連絡を待つという目論見です。実際にレジに持ってきた「実績」があるのですから、バイヤーとしても無視できないでしょう。
ここで紹介した思考法は“悪”のラテラルシンキングです。空き巣をペテンに掛ければ逆恨みされますし、勝手に商品を展示すれば営業妨害になります。でも、読者の皆様は、サスペンスドラマを観ても本当に犯罪は起こしませんよね。
【暗証番号を知られないようにするには?】答え
犯人は数字部分にラップを貼り付けて、採取した指紋から暗証番号を推測しました。どんなに手を洗ったとしても指紋が残ります。スマホを使っていらっしゃる方なら指紋で画面が汚れることはご存じの通り。どうやらこのホテルではクリーニングのたびに部屋の金庫まで拭いていたようなのも裏目に出ました。
そこで対策としては、「念のため施錠できた後も全ての番号を押しておく」。これが答えです。
次回はラテラルシンキングを日常に応用するには? です。
木村尚義の「実践! ラテラルシンキング塾」
第4回 悪のラテラルシンキング
執筆者プロフィール
木村尚義(Kimura Naoyoshi)
創客営業研究所代表・企業研修コンサルタント
経 歴
日本一ラテラルシンキング(水平思考)関連書を執筆している著者。1962年生まれ。流通経済大学卒業後、ソフトハウスを経てOA機器販社に入社。不採算店舗の再建を任され、逆転の発想を駆使して売り上げを5倍に改善する。その後、IT教育会社に転職、研修講師としてのスキルを磨く。自身が30年以上研究している、既成概念にとらわれずにアイデアを発想する思考法を企業に提供し好評を得ている。また、銀行、商社、通信会社、保険会社、自治体などに「発想法研修」を提供している。遊ぶだけで頭がよくなる強制発想ゲーム「フラッシュ@ブレイン」の考案者。著書に、『ずるい考え方 ゼロから始めるラテラルシンキング入門』(あさ出版)、『ひらめく人の思考術 物語で身につくラテラル・シンキング』(早川書房)など多数。
オフィシャルホームページ
http://www.soeiken.net/(2016.8.31)
-
前の記事
木村尚義の「実践! ラテラルシンキング塾」 第3回 日常の9割はラテラルシンキングがいらない 木村尚義の「実践! ラテラルシンキング塾」
-
次の記事
木村尚義の「実践! ラテラルシンキング塾」 第5回 ラテラルシンキングを日常に応用するには? 木村尚義の「実践! ラテラルシンキング塾」