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映画は喧嘩や。ビジネスもそうやないんかい ―― 映画監督・井筒和幸が私的映画論にからめて、毎回一つのキーワードを投げかける。第8回は 『仁義なき戦い』(1973年・日本)から、“写し鏡?”。
 
 
 餅は食べたかな? 年が明けたけど、世の中どうなんだか・・・。新政権になって、株価もちょっと上がってきたとか騒いでるけど、庶民には全く関係のない話に思う。給料が上がるわけじゃないもんね。春になったら、国はカネをばらまき始めて、公共事業も増やすとか。銀行もカネを貸し出して、企業もそのカネを使い出したら、雇用も増えるって? 働き口が見つかるって? そうしたら、モノを買う人が増えて、物価も上がりそうだって? そんな絵に描いた餅、食べられるのかな? 給料が上がらないまま、庶民はどうやってカネを使えっていうのか? カネは天から回ってくるのか? モノが値上がりする前に、消費税が上がる前に買い込んどこうかって? これ以上追い込まれてどうするのよ。年明け早々、嫌な話で悪いけど、でも、信じられないんだわ、世の中なんて。信じられるものを見つけたいね。信じられる人を探したい。ホントに役立つものを見つけたい。
 
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『仁義なき戦い』 1973年・日本
Blu-ray発売元 東映ビデオ (3/21発売予定)
販売元 東映 (税込 ¥4,935)
 去年は、映画製作に明け暮れた一年だった。映画に熱狂して取り憑かれて、やっと信じられるものが見つかったと思ったのが、ちょうど今から40年前の、まさしく正月。『仁義なき戦い』 が封切られた時からだった。それまでは、日本映画など見る気もしなかったけれど、これだけは絶対に別モノだろうと確信して、勇んで東映の映画館に飛び込んでいた。ヤクザ者と水商売の女と労務者と何の職もないまま20才になったばかりのボクら若者だけで超満員だった、その眼前にそれは出現した。呑み仲間の女子と一緒だったが、併映のスケバン物が終わっても入れ替わりの客たちの席のぶん獲り合いが激しく、空席が一席しか確保できずに、ボクは、女子の脇の通路に新聞紙を敷いて、観た。
 巻頭、いきなり広島の上空で原爆が炸裂し、“昭和二十年、日本は太平洋戦争に敗れた、戦争という大きな暴力は消え去ったが、秩序を失った国土には新しい暴力が吹き荒れ、戦場から帰った血気盛りの若者たちがそれらの無法に立ち向かうのには、自らの暴力に頼る他はなかった” と物々しいナレーションが始まって、焼け跡の露店街に群がる人々の画像が、一転してカラーに色づき出すと、ボクなどもうどこに座ってるのかも判らなくなって、尻がせんべい餅のようになっているのも忘れていた。
 数人の若い米兵たちが、日本の女を強姦しているところに、見るに見かねた海軍復員兵姿の (菅原文太扮する) 広能昌三たちが駆けつけて、警官が 「オイ!止め!止めんか、相手は進駐軍じゃないか!」 と怖気づいて制止するのを振り切るように、「バカたれ!早よ女逃がしたれ!」 と叫んだ。これでもう映画は新しい時代になると、ボクは直感した。
 
 昨日のことのように覚えている。全ての画面が新しく、台詞も全て、今まで聞いたことのなかった荒々しい広島弁で、何もかもが度肝を抜く鮮烈さだった。客席は熱を帯び、ヤクザの客たちも歓声を上げた。それまでの、任侠道の美学を謳う古いヤクザ映画とは断然、違っていることに狂喜した。チンピラ子分が自分の親分を信用できなくなって組織に反目し、仁義を破る。そして、信用できる別の親分に仁義を立て命を預け、やがてまたゴミ屑のように捨てられる。仁義もクソもなく掟破りと裏切りと共謀が繰り返される。きっと、ヤクザの客たちも、不甲斐ない切実な現実を目の当たりにしたことだろう。鏡に映る自分のブザマな姿を見たに違いない。無気力で、無関心で、無責任、加えて無感動の四無主義のシラケ世代だと、自分たちこそ無粋な大人たちから (無分別に) 揶揄されていたボクらも、やっと感動をくれる大人の映画が現れてくれたと感謝した。ボクらも同じ鏡に自分が見えたからだ。
 確かに、時代はシラケていた。年上の大学生たちは、安保闘争も反体制運動も止めてしまい、シラケながら長い髪の毛を切って企業に就職して消え去った。世の大人たちは、自分の家族の暮らしだけを思うようになり、調和という名の “アコード車” を買って、ニューファミリー時代に参入しようとしていた。そんな拠りどころがなくなり始めた時代に、ボクらは虫けらの自分がそのまま投影された映画に出逢えたのだ。
 
 
 そして、また思い返す。シリーズになったこの映画には人生を諭す台詞が満載されている。名脚本家の笠原和夫の成せる業だ。「弾はまだあ、残っとるがよ」 「ワレも吐いた唾、呑まんとけや」「銭返しゃあ、義理返せると思うとるんかの」「アンタは初めから、わしらが担いでる神輿じゃないの。組がここまでなるのに、誰が血流しとるんや!」「昌ちゃんよ、わしら、間尺に合わん仕事したのう」・・・。何度見ても教えられる。人生一度きり、ボクには親分などいないけれど、よく考えて生きて行こうって。
 
 
 

 執筆者プロフィール  

井筒和幸 (Kazuyuki Izutsu)

映画監督

 経 歴  

1952年、奈良県生まれ。県立奈良高校在学中から映画制作を始め、1975年、高校時代の仲間とピンク映画『行く行くマイトガイ・性春の悶々』を製作、監督デビュー。1981年『ガキ帝国』で日本映画監督協会新人奨励賞を受賞。以降『みゆき』(83年)『晴れ、ときどき殺人』(84年)『二代目はクリスチャン』(85年) 『犬死にせしもの』(86年)『宇宙の法則』(90年)『突然炎のごとく』(94年)『岸和田少年愚連隊』(96年/ブルーリボン最優秀作品賞を受賞) 『のど自慢』(98年) 『ビッグ・ショー!ハワイに唄えば』(99年) 『ゲロッパ!』(03年) 『パッチギ!』(04年)では、05年度ブルーリボン最優秀作品賞他、多数の映画賞を総なめ獲得。『パッチギ!LOVE&PEACE』(07年) 『TO THE FUTURE』(08年) 『ヒーローショー』(10年)など、様々な社会派エンターテインメント作品を作り続けている。最新作『黄金を抱いて翔べ』のDVDは2013年4月2日より発売(発売元:エイベックス・マーケティング/販売元:ハピネット)。

 
 
 
 

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