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 映画は喧嘩や。ビジネスもそうやないんかい ―― 映画監督・井筒和幸が私的映画論にからめて、毎回一つのキーワードを投げかける。第8回は 『飢餓海峡』(1965年・日本) から、“執念”
 
 
 地震は揺れまくるわ、崩壊した原発から放射能は漏れまくるわ、もうカネがないから増税だと叫びまくるわ、当たらない宝くじや馬券だけが売られまくるわ、日本中で人が殺されるわと、今年はロクなことがなかった。そんな時に、ドサクサ紛れの選挙も、これまた散々だ。何でも守ります、美しい国を守ります、戦争してでも暮らし守ります、自衛隊でなく国防軍にして命を捧げさせます、道徳伝統守ります、平和憲法だけ守らず変えます、と人をバカにしたような野蛮なことしか言わない 「代議士」 という “代理人” ほど信用ならない者はない。だから、世の中の半数近くが選挙を拒否した。どんな決め事もすべて国民に直接、イエスかノーを問う直接選挙制に変わってもいいし、落選選挙もあっていいと思う。まあ代理人にさせていいかと思う人を選ぶと同時に、絶対に議員にさせたくないという奴もついでに選ぶ。まあいいかを950票獲得しようが、絶対ダメを1000票も獲ってしまうと、ご破算で願いましたら合計マイナス50票だ。即日開票で 「当確」 より、落選確実の 「落確」 が真っ先に速報で出てもいい。バラエティ番組よりよっぽどおもしろいし、視聴率も上がるし、若者たちももっと選挙に参加するはずだ。今度の結果じゃ、原発は再稼働するだろし、沖縄の基地は減ることもない、国防軍も増々怪しくなるし、消費税も必ず上がる。にわかの金融緩和で円は売られても、品物は売れるのか、給料は下がり、小さな商店は破産するだろう。そして、何でもかんでも3分の2以上の国会強行採決で、ニッポンの飢餓はこのまま漂流する。それが鬱陶しい。
 
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『飢餓海峡』 1965年・日本
DVD発売元 東映ビデオ
販売元 東映 (税込 ¥4,725)
 鬱陶しい時こそ映画か、といっても、毎年、正月映画ほど他愛ないモノもない。「007」 も世界征服を企む強敵は死に絶えたのか、イギリス情報部MI6は身内どうしの殺し合いだけで終わって、無残だった。「ワンピース」 という妄想アニメ漫画しかヒットしない。世の中がつまらないと、二次元の絵空事に逃げるしかないのか。映画らしい映画は影をひそめてしまった。
 何もやる気など起きない正月休み、お金もなく、つまらなく、ただボォーッと家にいるだけで、くだらない与太話のテレビしか見るモノがなく、死にたいほど暇でやり切れない人に薦めたいのが 『飢餓海峡』 だ。3時間余りの長編だから、見るのに執念も必要だ。白黒映画だが、色は自分で想像して付け足せばいい。オモシロい映画は色など眺めている暇はない。凄まじい 「執念」 の物語。少なくとも自分は今日は生きられた、明日も生きていけそうだと実感できること、請け合いだ。
 
 それは、戦後まもなくの頃、北海道の函館と青森の間の津軽海峡を行き来していた青函連絡船 (敷き込んだレールに列車ごと載せて運ぶ大型客船) が台風に遭遇し、函館湾で転覆し、1000名以上の死者を出してしまう凄惨な海難事故から始まる。これは、実際に1954年に起こった洞爺丸事故をヒントに、水上勉さんが書き上げた推理サスペンス小説が原作。浜に打ち上げられた遺体の中に、乗船名簿に見当たらない2名の身元不明死体がある。函館署から駆けつけたのが中年の刑事。みてくれからして叩き上げ、執念深そうな彼は、その2人が、道内の町で同時に起きた質屋強盗放火事件の犯人じゃないだろうかと直感する。水上勉さんが、台風一過の新聞に載った、転覆事故と岩内町の大火事をすかさず結びつけて書いた。
 あくる日、青森大湊の女郎屋に、犬飼という大男が泊まり込む。この男こそ、質屋に火を放って逃げた3人組強盗の一人だ。犬飼は、そこの娼婦の八重と一夜を明かし、持っていた大金を分け与えてやる。八重も女郎屋から抜け出したかったので、その金で借金も清算し、やがて東京へ出て行く。今度こそ真面目になって生きようと決心したからだ。いっぽう、刑事も、八重の消息を追って東京に出て来る。そして、彼女を見つけて、誰からそんな金を貰ったのかと問い詰める。でも、八重は語ろうとしない。いつかきっと何処かで、自分を貧困という生き地獄から這い上がらせてくれた恩人の “犬飼さん” に逢えることを、八重こそ願っていたからだ。でも、犬飼は杳として消えたままだ。そして10年が経ち、3人の執念が交差する時が訪れる・・・。
 
 
 日々の空白感を味わっている人には、見て損はない。心の飢餓を埋めてくれる。こんな大作は正月休みぐらいにしか見られない。執念で生きる者、執念で逃げる者、執念で追う者。もう明日から何も怖いものがなくなるかも。ハリを持って生きたくなる。これからの独裁政権に立ち向かってやる! と。何度となく励まされた。これに勝る映画はない。
 
 
 

 執筆者プロフィール  

井筒和幸 (Kazuyuki Izutsu)

映画監督

 経 歴  

1952年、奈良県生まれ。県立奈良高校在学中から映画制作を始め、1975年、高校時代の仲間とピンク映画『行く行くマイトガイ・性春の悶々』を製作、監督デビュー。1981年『ガキ帝国』で日本映画監督協会新人奨励賞を受賞。以降『みゆき』(83年)『晴れ、ときどき殺人』(84年)『二代目はクリスチャン』(85年) 『犬死にせしもの』(86年)『宇宙の法則』(90年)『突然炎のごとく』(94年)『岸和田少年愚連隊』(96年/ブルーリボン最優秀作品賞を受賞) 『のど自慢』(98年) 『ビッグ・ショー!ハワイに唄えば』(99年) 『ゲロッパ!』(03年) 『パッチギ!』(04年)では、05年度ブルーリボン最優秀作品賞他、多数の映画賞を総なめ獲得。『パッチギ!LOVE&PEACE』(07年) 『TO THE FUTURE』(08年) 『ヒーローショー』(10年)など、様々な社会派エンターテインメント作品を作り続けている。最近作 『黄金を抱いて翔べ』(12年)。

 
 
 
 

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