企業からの評価が高い理系出身者
ちょっと古い話で恐縮だが、数学離れが問題になる中、京都大学の西村和雄先生のグループが、以前から文系でも数学選択者のほうが平均年収が高いことをアンケート調査で明らかにしたが、さらに、昨年3月に文系出身者より理系出身者のほうが平均年収が多いというデータも発表した。(リンク先
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かねがね日本は、理系冷遇社会だと私は思っている。役人の世界では、理系出身の技官が、大学院出身レベルの高学歴であるにもかかわらず、その省のトップである次官になることは事実上皆無だ。政治家の世界も、世襲が進むいっぽうで、理系出身は逆に珍しくなってしまった。大企業でも、理系出身のトップはまだまだ珍しい。日本の発展を支えてきたのが、理系出身のエンジニアや開発者であるのに、文系がその上前をはねる構図では、国際競争力が保たれるわけがない。
しかし、実は、企業の側は思ったより、人間の能力を見ているようで、トップにはなれなくても、平均すると理系のほうが企業側からの評価が高いということが今回の調査結果なのだろうし、そのトレンドは今も続いているはずだ。
「実験的発想」の意義
今回の調査結果について注目していることがある。それは、単に受験生のときに数学ができるかどうかだけでなく、大学で理系の学部で勉強した人間のほうが、将来、仕事ができる確率が高いことを示したことだ。
大学の理系の学部の共通点は、学生に実験をさせることだ。大学の実験は、高校までの実験と明らかに違う。高校までの実験というのは、手順をきちんと教えられ、失敗がないような形で、全員が同じ実験をやるという形がほとんどだ。これでは、実験器具の使い方を学ぶことはできても、実験的発想は身に着かない。私に言わせたら、これでは実験でなくお料理教室だ。
実験的発想というのは、成功するか、失敗するかはやってみないとわからないということだ。だから、理系の研究者は、成功できるまで、何度も、実験を組み直し、最後に出した結果で評価される。ノーベル賞をとった山中教授にしても、これまでは受精卵のDNAを入れ替えることで万能細胞を作ろうとしていたのを、無理だと言われながら、元ある細胞を、受精卵まで若返らせると万能細胞ができるはずという仮説を立て、その結果にたどりつくまで実験を重ねたのだ。
文系出身者も理系マインドは使える
文系の学者には、自分の学ぶ学問の信者のような人が多い。ケインズを学んだ人はケインズ理論の信者になるし、新古典派の人はその信者になる。私が、こうやれば経済がよくなるはず(たとえば、相続税を思い切り高くすれば、高齢者が金を使うようになるとか、所得税や法人税を増税して、経費を認めたほうが消費が増えるとか)という仮説を提示すると、これまでどの学者も言っていないという反論をする。しかし、試してみないとわからないというのが理系マインド、実験的発想ということなのだ。
アベノミクスにしても、日本の製造業就労人口は1000万を切っているし、輸出関連はその半分もいかないので、円安(これは輸入材料が高くなることも意味する) で景気がよくなるように私には思えないが、試してみないとわからないというのが私のスタンスだ。金融緩和と財政のばらまきで、景気がよくならなければ、素直に失敗を認めて、税制を変えるような新たな実験をすればいい。
もちろん、この理系マインドは、政策でない、通常の仕事でも使えるし、文系出身の人でも使えるものだ。
私の見る限り、日本で最高の理系マインド経営の成功者は、セブンアンドアイホールディングスの鈴木敏文会長だ。冬場でも暖かい日はアイスクリームが売れるはずだとか、陳列台の目の高さにあたる位置にある商品は○○がいいなどという仮説を立てて、全国のセブンイレブンで試しにやらせてみる。結果がPOSデータで全国から送られてくると、その仮説が当たっていれば成功ということで、続けていくし、失敗と判断されれば、すぐに店頭から撤去する。このような 「実験」 の積み重ねで、数あるコンビニの中で、一店舗当たりの売り上げはダントツのトップを誇る。トヨタのカイゼンだって、工場の中で 「実験」 を繰り返して生産性を上げようという発想だ。鈴木敏文氏が中央大学の文系学部出身者であることからわかるように、文系学部を出ていても理系マインドを持つことはできる。
理系マインドを「身に付ける」とはどういうことか
現在の心理学では、たとえば、以前に説明したメタ認知にしても、あるいは、認知的な成熟度を上げるためにグレーを認めることにしても、重要なのは、「能力」 ではなく、態度といわれる。だから、教育心理学の世界では、メタ認知が “働く” という言い方をするのが通常で、「メタ認知能力」 とは言わない。
要するに、ある偉い人の発言や、理論(とくに経済誌に乗っているような成功ノウハウ)などについて、鵜呑みにするのではなく、別の理論やノウハウや考え方をなるべく探してみる 「姿勢」 や 「態度」、さらに誰が言ったかより、実際に試してみた結果のほうを重視する 「態度」、あるいは、やってみないことにはどんな偉い人の言ったことでも信じないという 「態度」 を持つことが大切とされている。
実際、こういうものが習慣化されている人は強い。ユダヤの格言で 「鵜呑みにするな、人間は鵜ではない」 というものがあるが、小さい頃から疑う姿勢、鵜呑みにしない姿勢を叩きこまれるから、ユダヤ人はビジネスの成功者やノーベル賞学者を多数輩出しているのだろう。
いろいろと仮説を立てて、あれこれ試してみる、いろいろと批判を受けても、「やってみなければわからない」 という信念を持ち続けることで、前例踏襲が通じないビジネス世界で、仕事に強くなれると私は信じている。
心理学で仕事に強くなる ~和田秀樹のビジネス脳コトハジメ~
vol.8 本当の理系思考とは
執筆者プロフィール
和田秀樹 Hideki Wada
臨床心理学者
経 歴
1960年大阪市生まれ。1985年東京大学医学部卒業。東京大学医学部付属病院にて研修、国立水戸病院神経内科および救命救急センターレジデント、東京大学医学部付属病院精神神経科助手、アメリカ、カール・メニンガー精神医学校国際フェロー、浴風会病院精神科を経て、国際医療福祉大学大学院教授(臨床心理学専攻)。2007年、劇映画初監督作品『受験のシンデレラ』でモナコ国際映画祭最優秀作品賞受賞。2012年、第二回作品『「わたし」の人生』公開。主な著書に『マザコン男は買いである』(祥伝社新書)、『「あれこれ考えて動けない」をやめる9つの習慣』(大和書房)、『人生の軌道修正』(新潮新書)、『定年後の勉強法』(ちくま新書)、『痛快!心理学 入門編、実践編』(集英社文庫)、『心と向き合う 臨床心理学』(朝日新聞社)、『最強の子育て思考法』(創英社/三省堂書店)、『大人のための勉強法』(PHP新書)、『自己愛の構造』(講談社選書メチエ)、『悩み方の作法』『脳科学より心理学』(ディスカバー21携書)など多数。
オフィシャルホームページ
http://www.hidekiwada.com