電気抵抗は雑談で下げる
ここまでの連載を踏まえて、誰でも、明日からでも始められることがある。雑談だ。昭和30年代に日本のどの会社にも活気があったのは、働く人たちが今よりずっと雑談をしていたからではないか。前回書いた 「チームのアンプ効果」 も、実際にそのカギになるのは雑談である。
雑談をすることは、一対一の関係性をちゃんと見詰めなおすことでもある。チームが5人いたとして、誰しも残り4人と常にいい関係を保っているわけではないだろう。最近連携が悪くて少し不信感を持っているような相手にこそ、積極的に雑談をしかけよう。普段の雑談があるからこそお互いに多少のミスや行き違いは許して、リラックスして仕事ができる。これは決して甘えているのではなく、人は実力を発揮するにもセーフティネットが必要だということだ。
それに、雑談は場の空気を温める。そもそも日本人は仕事の仕方も基本のイメージは 「寅さん」 なのだ。あの映画に描かれる、効率だけを求めない下町の家族的な温かい雰囲気を、私たちはもっと再評価すべきだろう。
人間関係は電流にたとえられる。電流は抵抗の少ないところに流れたがるが、、私たちも何か相談したり物を頼みたい時には、自分が言いやすい人に言うはずだ。言いやすい人は気が合う人であり、気が合う人というのは、普段から雑談ができている人である。相性や性格の問題ではないとわきまえて、基本の人間関係を電気抵抗の少ない状態にセッティングしておこう。
緊張とリラックスのハイブリッド
仕事のパフォーマンスは交感神経と副交感神経の比喩でも説明できる。人間の自律神経は交感神経と副交感神経から成り立っている。前者は興奮をつかさどる神経系、後者は沈静化をつかさどる神経系だ。医師によれば、緊張して交感神経優位の状態をずっと続けていると、副交感神経が弱い状態が当たり前になってしまい、沈静が必要な時に副交感神経が正常に作動しなくなる。これは非常に良くない。
私たちがパフォーマンスを発揮するには、緊張とリラックスのバランスが取れていることが大事なのである。理想は 「真剣にやりながら笑いが起きる」 状態だ。ものすごく真剣にやっているようなのに、むしろ真剣だからこそ、笑いが起きている場というのはあるものだ。私の経験では、たとえばトラブル処理の会議などはまさにそうだ。学生がとんでもない不始末をしでかすようなことは往々にしてある。そんなトラブルの処理に際しては、私は、会議でもまず笑うことにしている。「えらいことになっちゃっいましたね~。やらかしてくれちゃったよね~。どうしますこれ?(笑)」 と、とにかく最初に笑ってしまう。トラブル処理のいいところは、基本、処理する段になればもうみんながトラブルを共有しているので 「みんなで一緒に笑える」 ことだ。せっかく状況ができているのに、みんなで笑ってパフォーマンスを上げてから臨まないのは、もったいない。
その際のコツは、「こんなの簡単だ!」 と思うこと。「できる」 よりも 「簡単だ」 のほうがいい。みんなで 「簡単! 簡単!」 と言い合いながら取りかかると、不思議にトラブル処理もリラックスしてスタートできる。
さあ! 実験を始めよう
何が怖いといって、どんなトラブルやミスも、パニックになって次のもっと大きなミスを引き起こしてしまうのが一番怖いはずだ。これを防ぐには、「これはこれ、それはそれ」 と問題を腑分けして考えられる癖を付けるべきだ。ホワイトボードや紙の上に書きながらやれるとなおいい。トラブル以外に、たとえば業務の優先順位を決めるのも、紙に書き出しながらだとスムーズに片付けられる。
精神を落ち着かせるホルモンとしてセロトニンがある。これを分泌させるには、リズミカルなことをするといい。たとえば 「歩く」。仕事で煮詰まった時は、いつまでもデスクにかじりついてないで、思い切って近所をしばらく歩き回ってくるぐらいのことをしたほうが生産的かもしれない。そうやって頭の中を整理するのだ。机の整理とか部屋の整理とか、整理術の本はたくさんあるが、一番大事なのは頭の中を整理することだ。頭と心の整理。私は、これに勝る整理術はないと思う。
大人の学びの再発見から始めて今回まで、ビジネスにも役立つメソッドの基本を話してきた。私のメソッドは決して難しいものではない。だから、おもしろい実験をしてみるぐらいのつもりで、ぜひ試してほしい。そして思いついた工夫はどんどん 〈仮説 → 実験 → 検証〉 のサイクルに乗せよう。メールの送り方みたいな小さな事柄からでいい。そのうちに効率の良いやり方のパターンがいくつか見えてきたらしめたものだ。そこからはどんどん仕事がうまくなるし、楽しくなる。
誰だって、その気になった時がスタートだ。さあ、実験を始めよう。
〈連載了〉
齋藤先生に聞こう! ~仕事品質底上げ講座~
vol.6(最終回) 明日から仕事に差をつけるために
執筆者プロフィール
齋藤孝 Takashi Saito
明治大学教授
経 歴
1960年生まれ。静岡県静岡市出身。東京大学法学部卒業。同大学院教育学研究科博士課程などを経て、明治大学文学部教授。専門は教育学、身体論、コミュニケーション論。ベストセラーになった 『声に出して読みたい日本語』(草思社・毎日出版文化賞特別賞受賞) をはじめ、『コミュニケーション力』 『教育力』 『古典力』(岩波新書)、『現代語訳 学問のすすめ』(ちくま新書)、『頭が良くなる議論の技術』(講談社現代新書)、 『人はチームで磨かれる』(日本経済新聞出版社)など著書多数。専門の教育学領域以外にも、身体を基礎とした心技体の充実をコミュニケーションスキルや自己啓発に応用する理論が「齋藤メソッド」 として知られ、高い評価を得ている。