飛ぶ必要はない。
しかし、彼は飛んだ。
メキシコは、危険な街だと聞いていた。ほんとかどうかわからないけど、殺人事件も
高確率で迷宮入り、と。ちょうど、デモをしている学生たちが警察によって銃撃され、その後、さらに40人以上の学生が失踪したりもしていた。ヒェ～～～～！ アブネ～～～～！
こう文字にしてみると、とんでもない話であり、とんでもない国だな、とも思うけど、でも、僕は、実はメキシコが
かなり好きにもなった。
メキシコに着いてみると、危険なのはやはりどこの国も同じだけれど、国境周辺がいちばん危ないと教えられた。貧困にあえぐ人々が国境越えを試み、それは実現することもなく、国境周辺にウロウロ居座ってしまうがゆえのちょっとした無法地帯らしかった。
実際、メキシコシティを、夜、ひとりで歩いていても特別危険な気配も感じなかったし、そして、いわゆるルチャリブレは夜の公演だ。
会場は、ぎっしり満員だ。ベビーフェイス（正義）とヒール（悪）が明確に役割が決まっていて、ヒールが反則でベビーフェイスを徹底的に痛めつけ、観客を煽り、そしてついにベビーフェイスが本気を出す、
土下座のように許しを請うヒール、ついに必殺技で倒される。最初から本気出せよ、と苦笑いだ。
ウルトラマンはスペシューム光線をなぜ最初からぶっ放さないんだろう、と、心底不思議だった子ども時代の僕も、すっかり大人になったもんだ。
たいていは、レスラーは覆面をかぶっている。どうやらそれはアステカ文明の影響で神聖視されていて、マスクマンは決して人前でマスクを脱がない。
エル・サントは死後もマスクを脱ぐことなく埋葬されたと聞いた。
でもさ、ほんとたのしそうなの、観客が。もちろん、家族で来てたり、大家族だったり、たくさんの友達のあつまりだったりするんだけど、
基本、みんな大声でレスラーを鼓舞する、あるいは、本気になってヒールを怒鳴る。
僕の前のサボテンブラザースみたいなおっさんは、立ち上がって怒鳴るもんだから、観えね～よ、おっさん！ だった。
おっさんの小さな息子は、その隣でじっとリングを観ている。そしていずれ彼もレスラーたちに向かって
喉がつぶれるほど叫ぶんだろう、立ち上がって後ろの日本人を困らせるんだろう。その熱狂ぶりは、これまでと同じように延々と継承されていくんだろう、と、勝手に夢想。
そういう空間も含めておもしろかった。そしてやっぱり、レスラーたちも前座よりは真打ちたちのほうがすんごい華があるし、
彼が、ロープを使って飛べば会場は発狂せんばかりの声援だ。
だから、飛ぶ。いちいち飛ぶ。ヒールも飛ぶけど、ベビーフェイスはもっと飛ぶ。声援のルツボ。なんかいんだよなぁ。
＊
メキシコの一般庶民は貧しい。ルチャリブレのチケットもそれほど高くない。
現地のひとに、聞いたんだよ。「休日は、みんな何をしてるの？」と。
そうしたら彼は答えたんだよな。「おしゃべりしてます」 え？
「家族や親戚、友達がみんな集まって、ごはんを食べながらおしゃべりしてます、
朝から夜までおしゃべりしています」 え？
「それ、たのしいです」と。
なんかね、ヒントがあるような気がしたんだよね。お金はない、でも、たのしい。
リアルな彼らの暮らしぶりはわからないし、勝手にこっちが解釈するのも僭越なんだけど、
でも、日々、たのしいんならとてもいいよね。これから日本もいろんな意味でたいへんだろうから、
ちょっとそのあたりを意識しながら日々を暮らすのもいいんじゃないだろうかね。
【今回のキーワード】
▼
たのしい、
って
最強だと思う。
執筆者プロフィール
永澤仁 Hitoshi Nagasawa
クリエイティブディレクター／run！run!! planning!!! 海の家 店主
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経 歴
セブン-イレブン（忌野清志郎さんが歌うブランドの根幹を担う「近くて便利」コミュニーケーション）、バイク王（雨上がり決死隊バージョン）、キリン氷結（発売から6年間）、シチズン（広告＆商品開発）など数々のクリエイティブを責任者として手がけ、そのすべてをジャンプアップさせた実績を持つ。競合プレゼンでは独創的なスタイルで3年半無敗を記録。受賞歴は国内外100以上。強い、正しい、面白い！ 国も地域も企業も商品もお店も人も、めざすゆたかな高みへ。
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（2015.7.22）
