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そもそも近代憲法とは国家権力を制限する役割をはたすものなわけですから(それが立憲主義です)、占領軍は論外として、政府が草案をつくってもダメなのです。私たちはだれからも教えられなかったので、大人になってもそのことを知らなかったわけですが、それが世界中の中学校・高校で教える憲法についての「イロハのイ」なのです。
――PART3 安保村の謎① 昭和天皇と日本国憲法 より
 
 
 
 なぜ最高裁は国を相手取った訴訟では必ず国に有利な判決を出すのか? なぜ日本では政府よりも官僚が実質優位なのか? なぜ政治家は国の重要事項になればなるほど公約を裏切るのか――? これらの疑問を処理する際、戦後日本の大衆は、当事者以外は総じて、「お上のやることなんてそんなもの」と〈思考停止に至る思考回路〉によるか、「オトナの論理をいかに受け入れるか」というイニシエーションの問題に帰してきた。いずれも、仕組みに乗りさえすれば上昇していけた高度成長期の日本社会で繰り返し再演されたビルドゥングス・ロマンの一コマである。
 
 まず後者だ。こちらは、社会のとば口に立つ若者が「既存の仕組みを受け入れる儀式」と引き換えに「仕組みを学ぶ機会と課題」を与えられ、仕組みに悩み、通じ、やがて自ら利用するようになることで「仕組みを守り継ぐ成員」に迎え入れられるというのが、その大よそのあらすじである。“儀式”は例えば、成人式に参加するヤンキーたちに象徴され、時々あらすじの途中で自己の倫理にもとる場面がはさまっても、そこでささくれた感情たちはロマンの包摂力により癒され、ささくれた理性たちは社会的合意に引き延ばされ、吸収されてきた。
 
 しかし前者は? もしそれが本当は思考停止に至るよう“仕組まれた”回路だったとしたら? 東西冷戦の戦勝国側にいたことで経済的には成功した日本社会の裏で、常に走ってきた/今も走っている裏プログラムを、我々の力で、我々の発議において、是正すべきではないのか――。著者はそう問いかけ、日本が国際標準の法治国家・独立国家になるための覚醒を私たち大衆に促す。「大衆」は私たち一般の国民大衆と、我々の写し鏡である政治家も含む。
 
 本書によれば、“仕組まれた”回路の最初の例が、1959年の砂川事件における最高裁判決である。現政府が集団的自衛権の合憲解釈の根拠にするこの判決で、裁判長は「日米安保条約のような高度な政治的問題については、最高裁は憲法判断をしなくてよい」(p44)とした。法学において「統治行為論」と呼ばれるこの概念の適用により、以降、日本は自国の法的ヒエラルキーの最上位に、自国憲法ではなく日米安保条約と日米地位協定を置いてしまった。本書はその非を断じ、「アメリカ軍+官僚」につらなる「安保村」「原発村」が憲法の縛りを受けずに実権を振るい、立法・行政・司法の三権を掌握する現状を告発する。
 
 
「実はアメリカにもフランスにも、日本で使われているような意味での『統治行為論』は存在しません。」(p47)
 
「このように過去60年以上にわたって、安保法体系を協議するインナー・サークルに属した人間が、必ず日本の権力機構のトップにすわるという構造ができあがっている。ひとりの超エリート官僚がいたとして、彼の上司も、そのまた上司も、さらにその上司も、すべてこのサークルのメンバーです。逆らうことなどできるはずがない。」(p52)
 
「おそらく一昨年(2012年6月27日)改正された原子力基本法に、『前項〔=原子力利用〕の安全の確保については、(略)わが国の安全保障に資する〔=役立つ〕ことを目的として、行なうものとする』(第二条二項)という条文がこっそり入ったのもそのせいでしょう。この条文によって今後、原発に関する安全性の問題は、すべて法的コントロールの枠外へ移行することになります。」(p85)
 
「『全権委任法第二条 ドイツ政府によって制定された法律は、国会および第二院の制度そのものにかかわるものでないかぎり、憲法に違反することができる。』この法律の制定によって、当時、世界でもっとも民主的な憲法だったワイマール憲法はその機能を停止し、ドイツの議会制民主主義と立憲主義も消滅したとされます。‥中略‥『政府は憲法に違反する法律を制定することができる』これをやったら、もちろんどんな国だって滅ぶに決まっています。」(p87~88)
 
「法律をちゃんと読んでください。政府は必要な措置を講じる。なにが必要かは政府が決める。そう法律に書いてあるでしょう!」(p94 超党派の議員立法によって衆参両院の全会一致で可決された「原発事故 子ども・被災者支援法」をめぐり、支援の基本方針案協議のため被災者への意見聴取会を催すべきだと主張した議員に水野靖久復興庁参事官が返した発言。下線評者)
 
 
 ここに来て安保法制の議論が白熱するのも、閣僚や官僚の発言が話すはしから曲解と失言にならざるを得ないのも、ビルドゥングス・ロマンの魔法の期限切れが近づきつつあるということなのだろう。矢部氏が言うように、「〔その立場から日本の右傾化をくいとめてきた人々の功績は忘れてはならないが〕自分もふくめ大多数の日本人にとってこの「反戦・護憲平和主義者」という立場は、基本的になんの義務も負わず、しかも心理的には他者より高みにいられる非常に都合のいいポジション」(p40)だったのに違いない。大げさでなく、有権者全員に一読を勧めたい本である。
 
 

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『日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか』
著者 矢部宏治
株式会社集英社インターナショナル
2015/3/10 第8刷発行
ISBN 9784797672893
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価格 本体1200円

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(2015.6.24)
 
 
 
 

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