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世の中にはあまり人に知られていない、ニッチな仕事も存在する。そうした仕事をしている人は、どのような経緯でその職業に就き、どこに楽しみを見出しているのか。「山で必要な仕事なら何でも請け負う」という株式会社山屋の代表取締役・秋本真宏さんは、歩荷の仕事を起点に、さまざまなニーズに応えている。

歩荷とは?

 
山小屋などで使用される荷物を大量に背負って届ける仕事を言う。ヘリコプターが着陸できない山岳地帯などへ荷物を届けることも。運ぶものは山小屋に届ける物資だけにとどまらない。映画やドラマ、調査・研究に使用する機材を運ぶこともある。
 
 

山に登りたくて進路を変えた

 
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秋本真宏氏
秋本さんは静岡県沼津市の出身。海や山に囲まれた自然豊かな土地で育った。登山に興味を持ったのは17歳の頃。知人の紹介で登った、中央アルプスで山の魅力に取りつかれた。「もともと自然は好きでしたけど、最初の登山で完全にはまっちゃいました。それで、将来は山に関わる仕事がしたいと思ったんです」。
 
当時、工業高専で化学の勉強をしていた秋本さんは、物質の構造や性質を研究することで、人々の生活を支える薬や食品づくりに役立つ化学者の道を目指していた。しかし、登山を通じて日常生活では見られない景色や植物を目の当たりにしたことで、自然の中でフィールドワークをする楽しみに目覚める。
 
意を決した秋本さんは長野県の大学に編入。森の生態系などを探求する森林科学の勉強を始めた。大学を卒業後は木材を扱う建築会社に就職。先輩ら人にも恵まれ、「楽しく仕事ができていた」という。しかし、毎日の仕事は車通勤で、登山をするのは土日の休日だけ。「そもそも山の中にいたくて進路を変えたはずなのに・・・」。そう感じるようになった秋本さんは上司に相談して退職を決意する。
 
 

山で必要とされる仕事のすべてができるようになりたい

 
退職後は1年間、貯金を切り崩しながら全国の山を歩き回って、山で仕事をしている人を見つけては声をかけ、山の仕事に対する見聞を広めた。猟師、歩荷、山小屋の運営者、電波塔の管理者、山岳ガイド、森林などの調査をする人。環境保護のレンジャー、林業従事者――さまざまな人が山で仕事をしていた。
 
登山者がいて、山小屋があって、電波塔や調査施設などがある。すると、そこに物を運んだり、施設を管理したりする必要があるため、街中と同じように、たくさんの仕事があることを知った。「それで僕は、山で必要とされる仕事のすべてができるようになりたいと思ったんです。そうすれば、ずっと山の中にいて、そこで生活ができますからね」。
 
 

歩荷がさまざまな仕事の起点になる

 
独立して株式会社山屋を設立した秋本さんは最初、長野県の山岳パトロール隊で遭難防止対策をする仕事に就いた。ただし、その仕事は夏だけのもので、他の季節には別の仕事をする必要がある。そこで活きたのが、さまざまな荷物を背負って登山をしてきた経験だった。「これまでの人脈もあって、歩荷の仕事が入り始めたんです」。
 
「日本の国土の7割は森林や山。そのために山の中で発生する仕事は無数にあるはず」と秋本さんは考えている。しかし、誰もが山の専門家であるわけではない。「調査や撮影など、山で仕事をする必要に迫られた際、その現場へ仕事道具を運ばなければいけない。でも、自分では運ぶのは無理。そうした方々のために、僕の存在を役立てたい。頼まれなくても山に登っているような人間ですからね」。
 
歩荷は山中でする、さまざまな仕事の起点になる。最初に歩荷としての発注が来て、運んだついでに、別のこと、例えば何かの調査を依頼されることもある。つまり、荷物を運ぶことが他のニーズにつながっていくのだ。「僕は歩荷に特化することなく、それ以外の、山に付随する仕事も柔軟性を持って対応できるようになりたいんです。そのほうが世の中の需要に合っている気がするし、より多くの困っている人を助けられると思うので」。
 
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山のスゴイ人たちとチームで需要に応える!

 
株式会社山屋に正社員は一人もいない。一緒に働くメンバーはすべて、秋本さんが培ってきたつながりの中から、必要な人材を募って構成される。依頼を完遂すればメンバーは解散。海外へクライミングに出かけるなど自分の仕事に戻っていく。
 
山屋の強みは、歩荷のような運搬業務のほか現場作業や調査だけでなく、さまざまな能力を持つメンバーの経験を活かし、山を舞台にしたアニメ作品の制作などクリエイティブな仕事にも対応できること。
 
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珍しいケースでは、火山の火口まで行って、気象観測装置や避雷針などを運ぶこともあった。必要な機材を顧客から受け取り山へ運搬して、さらには調査のサポートも実行。成果となるデータを納品するまでの一連の作業のすべてを山屋が担うこともあった。
 
多数の企業が協業で行うプロジェクトにも参加。「GPSを利用して富士山全体を3Dスキャンする仕事でした。僕らは山岳ガイドも兼ねた歩荷として機材を運びつつ、チーム全体で調査内容の計測もサポート。そして、現場での安全管理もする」。富士山の姿を立体で計測することで状況を詳細に把握するという大きな仕事は、歩荷を通じて得られた近代的な需要だった。
 
「山にはさまざまなことができるスゴイ人がたくさんいるんです。山屋は、そうした力を結集してチームで活躍できる。その力を、世の中の需要といかに結びつけるかが今の課題です」。
 
 

山が好きなら誰でも歩荷になれる

 
秋本さんは山の仕事をしていて辛いと感じたことがない。人間は思い通りにならないとき、期待外れだったとき、自由を奪われているときなどに辛さを感じるものだ。しかし、自然の中では、自分の思い通りにならないことが起きるほうが当たり前で、それが大前提。その中で自分には何ができ、どうしたら安全に目的を達成するかと考えて動く。秋本さんにとってそれは、「楽しみでしかない」。
 
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肉体的な辛さも同じで、体をもっと鍛えようと努めたり、仲間の力を借りたりして協業で解決していく。困難は新たに自分を向上させるきっかけでしかなく、むしろプラスの出来事なのだ。「プライベートで登ることは減りましたが、いつも山の中にいられて、しかも仕事を通じて、山でできることが増えていく。いただいた仕事のおかげで、普段から山の中にいる僕には思いもつかない発見ができることもあって、そういう気付きがあると、とても楽しいですね」。
 
「山に登ることが好きだったら、誰でも歩荷になれる」と秋本さんは言う。「小学生がランドセルを背負って通学するじゃないですか、あれと同じ。そう考えると二宮金次郎は歩荷界のレジェンドですね。荷物を背負って勉強までしちゃってますから(笑)」。
 
 
※本文内の掲載画像は、すべて本人提供
公式サイト
https://yamaya-corporation.com
 
Twitter
https://twitter.com/nature_1118
 
ニッチなお仕事 
vol.1 歩荷(ぼっか)って何? 山に登って働く 株式会社山屋 秋本真宏さん
(2022.5.13)

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