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前書きに「事故発生当時、本書の執筆はすでに佳境に入っていたのだが、~~急遽盛り込むことにした。」とあるところから察するに、今年1月から3月にかけての「楽天市場」をめぐる騒動――出店者に送料無料を強制しているとして公正取引委員会が「優越的地位の濫用」の疑いで楽天を立入検査した――に関しては、著者は念頭に置いていなかったと思いますが、あの件に直接つながる記述が第3章にあります。
 
「少ないながらも実際発生している輸送料・送料に対して、「送料弊社負担」や「送料込み」など、他にいくらでも言い方がある中、わざわざこの「無料」という言葉が使われることに、「存在を消されたような感覚になる」と漏らすドライバーもいる。」(第3章 トラックドライバーの人権問題 p98)
 
そして前書きが「事故発生当時」と述べるその「事故」とは、2019年9月5日に横浜市神奈川区で起きた、京浜急行線とトラックの踏切衝突事故のことです。ベテランドライバーがさまざまな“トラップ”――日本のトラック物流の現場を過酷で理不尽にするすべての要素を象徴する言葉としてこの語を使います――に見舞われた末に踏切で立ち往生し、電車にはねられて死亡した、あの痛ましい事故。
 
著者の橋本愛喜氏は事故後1ヶ月の間に6回も現場を訪れ、そのドライバーの走った道を自分も元トラックドライバーの視点で実際に走り、問題を検証します。「千葉県香取市にある運送会社を午前4時に出発した全長約12メートルの大型トラックは」から始まる第5章第2節は、亡くなったドライバーへの鎮魂と慰霊の節です。
 
いや、むしろ本書全体が、いつ同じ“トラップ”で理不尽な死に見舞われるかわからないまま、今日も物流インフラを回すべく命をすり減らして働いてくれている現役ドライバーたちへの、鎮魂と慰霊の書だと思います。命と経済効率の対立――本来土俵が違うものを対立させなければならないという不条理――をどう考えるかが一般の私たちにも一日刻みで問われている今、同じ対立の構図を日常的に生きている、生きてきたトラックドライバーたちの声に、私たちは耳を傾けなければならない。『トラックドライバーにも言わせて』とは、表現の強請的ニュアンスに反して、かなり謙虚なタイトルと言うべきでしょう。
 
著者の橋本愛喜氏は金型研磨工場を営む実家に育ち、父親が病で倒れた大学卒業間際から、会社を継いで業務に追いまくられます。そして「社員に覚悟を見せるため」と、半ばは「路上に逃げ場所を求めて」、金型をトラックで引き取り・納品する業務を買って出ます。教習所に通って数ヶ月がかりで大型自動車免許を取り、業務を始めてからは一日平均500㎞、繁忙期は800~1000㎞を走破する日々。
 
今でこそ中型車(4~6t積み)ぐらいであれば女性トラックドライバーもごくまれにはいますが、著者の時代は教習所で教習を受けるたび、「女性」「大型」の項に〇が付いている書類を何かの間違いじゃないかと確認されたそう。そんな教習中の悪戦苦闘の顛末も、初めて社員の前で会社のトラックに乗り込んだときの気持ちも、高速で遠方の取引先へ行くようになってから出会った同じトラック乗りの“おっちゃん”たちとの交流も、現在はライターとして活躍されているだけあって、生き生きと、目に浮かぶほど鮮やかに、描かれています。
 
このあたり、youtubeが一般に普及してからは現場系専門業者が撮った(彼らにとっては日常の)動画が一般ユーザーに興味深く視聴されているのと同じ、“極上の職業ルポ”になっています。あのつもりで読んでください。滅茶苦茶おもしろいです。
 
そのうえで、やはり読者としては、トラック物流の世界における“トラップ”の中身と要改善点をしっかり啓蒙されるべきだと思います。そして協力できることから始めていくべきです。道路ではトラックの死角を意識して車両に乗ること(自転車を含む)。荷物配送予定の時間にはちゃんと家にいること。やむなく再配達を依頼したときは必ず一発で受け取ること。そして何より、送料が無料という事態はこの地上のどこにもなく、必ずドライバーが有償の労力をさいて送り主と自分とを結んでくれているのだと知ること。昔の人は「物を届けてくれた人を手ぶらで帰すもんじゃない」と教え、帰り際に饅頭の一つでも持たせていました。あの感覚が大事だと思います。
 
以上は一般の市民に向けた内容についての評。そしてここからは、ビジネスでトラック運送を利用するすべての事業者と、運輸行政を統括する国土交通省および関連省庁、そして各自治体の役割に関する内容についての解説です。この点に関する箇所がある節を目次から見出しで列挙してみます。章は第2章から5章までまたぎます。
 
「路駐で休憩せざるを得ない事情/休憩時にエンジンを切らない理由/高速道路の「深夜割引」がもたらす功罪/トラックドライバーは底辺職なのか/過失なしでも逮捕される/荷主第一主義が引き起こすこと/手荷役というオマケ仕事/トラックドライバーの職業病/働き方改革にメリットはあるのか/ドライバー不足の原因/京急事故で見えた課題/ドライバーを外国人で補えない理由/私は「トラガール」ではない/荷主は閻魔さま/追いつめられるドライバー」
 
重複を避けたうえ、よくよく考えると根っこは一般消費者の不寛容が原因になっているものも省いてもこれだけあります。高速道路の深夜割引なんか、これのせいでトラックドライバーがいかに振り回されているかを本書で知ると、著者の言うとおり貨物トラックは終日割引にしてあげればいいじゃないか、と心底思います。そうならないのは道路公団(民営化後はネクスコ)の財政の都合だけじゃないでしょうか。
 
また、手荷役(貨物の積み込み作業をドライバーがサービスでやること)という“オマケ仕事”が生まれたのも、荷崩れを起こさない積み方をわかっていない素人に任せられないという理由もあるでしょうが、大方は荷主が取引関係における優越的地位を何かと勘違いして濫用するからです。その土壌になったとされる1990年施行の物流二法(貨物運送事業法と貨物運送取扱事業法)に関しても、ネオリベ的経済政策への反省気運が出てきている今、本書を読みながら正と負の両側面を再度考えてみる意味がありそうに思います。
 
そういった考察が全体としてひとつの社会的気分になって現れたとき、100ページ冒頭で著者が祈るように描いた状態が実現に近づくのでしょう。甘い、ただの牧歌だ、と責めるなかれ。牧歌に乗せず論理だけで謳っても人の心は理想をイメージできません。つまり、近づけません。
 
「トラックドライバー自身にも改善すべき点は多くあるが、彼らが邪魔者扱いされながらもひたすらに走っているその先には、我々の生活があるということだけでも理解してもらえると、日本の物流はもう少し明るくなる。」(第3章 ドライバーの人権問題 p100)
 
最後に、今この瞬間も日本の道のどこかを走り続けている全国のトラックドライバーたちと、かつて走り続けたドライバーたちに、鎮魂と慰霊を。タンクローリーの運転手だった父を持つ評者からも、お願いします。
 
(ライター 筒井秀礼)
『トラックドライバーにも言わせて』
著者 橋本愛喜
新潮新書
2020年3月20日発行
ISBN 9784106108549
価格 本体760円
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(2020.5.13)
 
 
 

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