マイクロチップ装着する? しない?
関連のアンケート調査を参照すると*1、現在飼い犬・飼い猫にマイクロチップを装着している飼い主の割合は22%に留まる*2。残りの人たちのうち2割弱はこれからの装着意向があるが、今後も装着させたくない人たちが56%、チップのメリットは認めつつも悩んでいる人たちも27%いる。
チップ否定派がこれだけ多いのは、装着とは言い方で実際は皮下への埋め込みであることも影響しているだろう。心臓ペースメーカー等ではない、あくまでも異物の挿入は、飼い主に生命倫理の感覚からの問いを投げかけるのに違いない。
アメリカの飼い方、日本の飼い方
『ビジネス+IT』の記事によれば、ペットテックは大きく「管理系」と「健康系」に分かれる。アメリカと日本はともにペット大国ながら、住宅面積が広いアメリカは1世帯あたりの飼育頭数が多く、そのためペットテックも自動給餌や見守り・監視といった管理系のテックが重視される。
いっぽう日本は「少なく飼って大事にする」特徴があり、ペットの平均寿命が非常に長い。そのためテックも、ペットの健康維持のためのヘルステック系が重視される。東京大学の宮崎徹教授が開発中の猫の腎臓病治療薬で研究資金が不足し、ネットで個人の寄付を募ったところ、前年度1年分と同数の寄付がわずか2週間で寄せられたのは*4、「猫と腎臓病」というよく知られるテーマだったせいもあるにしても象徴的だ。
ヘルステック系ペットテックの例
猫用のヘルステックでは、やはり腎臓疾患対策がトピックになる。「目指せ。猫の寿命、30歳」という理念のもと、猫の寿命を2倍に延ばすことをミッションとする神奈川県藤沢市のトレッタキャッツ社は、カメラ付きスマートトイレ「トレッタ」を開発した。猫がトイレに入るとセンサーが感知し、尿量、排尿頻度、体重などを自動計測。トイレ内での映像とともにアプリに記録し、獣医師と開発したアルゴリズムに照らして体調に変化があれば、飼い主のスマホに通知が届く。これなどは健康維持目的以外でも、トイレ中の猫様のあられもない姿をバイオログ付きでスマホで愛でられるとなれば、愛猫に腰砕けの飼い主たちにはたまらないだろう。
管理系テックとヘルステックが融合
では、そのさらに先は? 発信機能付きの「マイクロチップ」とセンサーを皮下に埋め込む未来だろうか。
生命倫理の感覚からの問いが切実になってくるのはここからだ。実際に、管理系テックを突き詰めれば、例えば迷子になった犬を家に戻って来させるために、家のある方角に向かって幅45度の角度から外れたら微弱な電気ショックを与えるなどして家まで誘導する、などという発想も、アイデアとしては出てくるだろう。現在の感覚からは虐待でしかないが、「飼い主としての監督責任」という通念が制度的にか文化的にか何らかのきっかけで暴走すれば、案外あっさり矩(のり)を超えてしまうかもしれない。
些細な違和感
なるほど確かに、ペットも子どもも「うちの子」と呼ぶし、「ペットは家族同然ですよね」と言われれば「いえ、家族です」とたしなめたい気持ちもわからないではない。プライベートで表明するぶんにはそれでいい。しかし、企業がビジネスの発表でこれをやる意味が、筆者にはわからない。彼らを批判したいのではない。ただ単純に、意味がわからない。2003年に人数と頭数が逆転し、以降その差が開き続けていることをグラフにして、何を言いたいのだろう。
なお、先述のGlobal Market Insightsと矢野経済研究所のレポートは2019年のものだから、コロナ禍に伴う在宅時間増加で2020年から新規の飼育頭数が増えたことは考慮されていない。一般社団法人ペットフード協会の調査によれば、日本では2020年に全国の全世帯の約6%が新たに犬を飼い始め、飼い犬の数は46万2000頭増えた。同じく約7%の世帯が新たに猫を飼い始め、飼い猫の数は48万3000頭増えた。これは伸び率・頭数ともに過去5年間で最多だという*5。
平均寿命が長いのが特徴のこの子たちがあと何年生きるか。人間の子どもの数が増えようが減ろうが関係なく、最後まで飼い主に愛されて天寿を全うできるよう願う。
*2 以下、パーセンテージは本文全編にわたり小数点以下四捨五入。
*3 ペットテックとは? なぜ日本で成長“確実”と言えるのか、注目製品も続々(ビジネス+IT 2020/11/24)
*4 ネコ救いたい…東大に寄付殺到 「腎臓病薬開発に」2週間で1.4億円(時事ドットコム 2021年07月27日)
*5 令和2年全国犬猫飼育実態調査より「主要指標サマリー」p19参照。執筆にあたっては同調査の「2020年度トピックス:コロナによる影響/変化」p120、121も参照した
(2022.3.2)