挑戦するから仕事はおもしろい
世界が驚嘆した金型技術の秘密
「俺が言ってるのはさ、考えてみりゃ、全部当たり前のことのはずなんだよな。それができなくなってる連中が多いよ、今は。だってさ、親や学校がそれを教えねえんだもの。代わりに教えるのが損得勘定だよ。親なんかにしても、何かといちゃもんをつけてわざと給食費を払わなかったりするのもいんだろ? そんな親を見てるから、子どもだって、何でも損得で考えるようになっちまう」
「大企業だってそうだよ。損得ばっかり考えて義理とか筋を欠いたほうにいくから、どんどん国の力が衰退してる。こないだもな、外務省の人が来たから言ってやったんだよ」
日本の町工場がどんどんなくなっていく。コストの安さだけを追い求めて、海外に生産工場をどんどん出す。大企業は組み立て専門で、ゼロから部品を作る工場がなくなったら日本はどうなるのか。町工場がなくなったら日本はやっていけない。“技術立国・日本” というブランドを支えてきたのは、義理を守り、筋を通す “町工場のオヤジたち” だったからだ。
岡野氏の中では、日本の製造業は町工場が特別な地位を占めている。元締めの大企業→下請けの中小企業→孫請けの零細企業という流れの中で、鍵になる技術を開発し、メーカーに提供して高品質・大量生産を実現させているのは、「工房」 ともいうべき小さな町工場たちに他ならないからだ。
ドイツ、イタリア、フランス、スペインといった国々には、高級鞄や靴などの皮革製品に顕著なように、今でも町工場や工房を大事にする文化がある。職人の手による精密な仕事は製品の高品質を支え、これらの国々には世界的ブランドが少なくない。かつての日本にもあったその文化を、岡野氏は一身に体現している。
失敗を恐れずに進むこと
「商売」 ではなく 「ビジネス」 と言葉が変換されるだけで、利益率・株価上昇率が最優先して考えられる。そのためには徹底的にムダを排除し、リスクコントロールを行い、必要最小限の負荷で最大限の効果を生み出すことが求められる。「でもよ、そこには失敗から学ぶってことがないんだよな」 ―― 岡野氏は、目先の利益にとらわれすぎず、失敗を恐れないことが 「商売」 をうまくやるコツだと語る。
「リスクを負わなけりゃ失敗もしないけど、ホンモノの成功にもつながらない。失敗ってのは考えようで、失敗するからこそ、そこから学ぶものだってあるんだ。注射針のときだって、鈴を作っているときにいろんな失敗をして、それをノウハウにしてきたからこそ開発できたってところもある。リスクヘッジだとか言ってるけど、みんながやっていることと同じようなことやって、商売が伸びていくわけないんだよ」
挑戦すれば異端児になる――。
挑戦しなければ、何も生まれない――。
岡野氏は語る。
「企業はさ、若いのにどんどん挑戦させなきゃいけないよ。間違っても異端児を見るような扱いをしちゃいけない。 若い人が伸びないのは、そのせいなんだから」。
失敗は、単なる失敗で終わることはない。人ができないことに挑み、そこで得られる貴重な経験なのだ。失敗という結果だけを見るのではなく、プロセスの途中に隠された将来のヒントを少しでも獲得してほしいと岡野氏は言う。それはどんな業種でも同様だ。失敗していない人が、ビッグチャンスをつかんだとしても、ノウハウを持っていなければ活かすことはできない。
岡野氏は 「他でできるものは俺のところに来るな」 とすら思っているという。そう豪語できるのも、過去の失敗のプロセスから山のようにノウハウを持っているからだ。自信があるのである。
6割できると思ったら受ける。残り4割は未知の世界――。岡野氏は77歳になった今でも、世界中の誰もが成し遂げられないことに挑戦を続けている。そして言うのだ。「だからこそ、仕事はおもしろいんじゃねえか」。
この一言に凝縮されたエッセンスを、世の経営者たちはどう感じ取るだろうか。
(インタビュー・文 新田哲嗣 / 写真 スズキ シンノスケ)